1(総タイトル) たそがれSpringPoint

1.1x(雑文過去ログ) 出ぬ杭は打たれぬ

1.11252(2005/01/01) 新年の抱負

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050101a

大晦日に38.5度の熱を出した。紅白歌合戦も見ず、初詣にも行かず、ずっと寝ていた。新年を迎えた気が全然しない。

絶不調の最中に綾辻行人データベースAyalist去年10月12日の日記を読んだ。「どうして今頃?」と不審に思う人がいるかもしれない(思わない人はさっさと次の段落に進んでいただきたい)が、先日のコミケで会った人から聞いて初めて知ったからで、特に他意はない。なお、そのことを教えてくれた人が誰だったかは忘れた。申し訳ない。

さて、作品の良し悪しと、自分の感性に合う合わないは別物でしょう?批判も結構ですが、他人にまで自分の評価を押し付けるのはどうかと。と言われてしまっているので、気になって自分の文章を読み返してみた。たぶん、次の箇所(今日からスタイルシートの設定を変えたので、原文とは見た目が違っているが、タグを改変したわけではない)のことを指しているのだろう。

悪いことは言わないから、今すぐ『生首に聞いてみろ』を買って読むことをお勧めする。ハードカバーだからと躊躇している人もいるだろうが、二千円札一枚でおつりが出るのだから安いものだ。もちろん、強いて二千円札を使う必要もない。また、『暗黒館の殺人』と『生首に聞いてみろ』のどちらを読もうかと思っている人には迷わずに『生首』にしなさいと忠告しよう

あー、今いやな想像をしてしまった。年末ベストで『生首』より『暗黒館』が上位に来るんじゃないだろうか。まさかとは思うのだが、今の日本ミステリ界、何が起こってもおかしくないからなぁ。

『生首に聞いてみろ』をほめるためにことさら『暗黒館の殺人』を引き合いに出す必要もないし、自分で読み返してみてもいやみが前面に出た不快な文章なので、当該箇所は削除することにした。ただし、物理的に消してしまうと次の段落との繋がりが変になるので、抹消線による見え消しで処理した。

サイトのリニューアルをしたり、上の文章を書いたりしているうちに、また体調が悪化してきたので、今日はここまで。

1.11253(2005/01/02) 数は人を裏切らない

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050102a

というわけで(どういうわけで?)意味もなく魔方陣を作ってみた。

1-1
12552544
2401819237
2243435221
4920720652
1-2
1926667189
8117517484
97159158100
144114115141
1-3
128130131125
145111110148
1619594164
8017817977
1-4
1936362196
4821021145
3222622729
2411514244
2-1
25267249
2123523424
3721921840
2045455201
2-2
6918718672
1728687169
156102103153
117139138120
2-3
133123122136
108150151105
9216616789
1817574184
2-4
6019819957
2134342216
2292726232
122462479
3-1
2481011245
2523123028
4121521444
2005859197
3-2
7318318276
1689091165
152106107149
121135134124
3-3
137119118140
104154155101
8817017185
1857170188
3-4
5620220353
2173938220
2332322236
82502515
4-1
1324324216
2283031225
2124647209
6119519464
4-2
1807879177
9316316296
109147146112
132126127129
4-3
116142143113
1579998160
1738382176
6819019165
4-4
2055150208
3622222333
2023823917
25332256

上に掲げたのは、4次元の魔方陣を2次元に展開したものである。1-1,1-2,1-3,1-4を順に積み重ねた立方体から2-1,2-2,2-3,2-4の立方体、3-1,3-2,3-3,3-4の立方体、4-1,4-2,4-3,4-4の立方体へと順に移行させたものをイメージすれば、それが完成形だ。「そんなものイメージできないよ」という人もいるだろうが、心配はいらない。私だってできない。

この魔方陣の定和(一般には、縦・横・斜めに並んだ数をそれぞれ足しあわせて得られる数のこと)は514だが、残念ながら平面および立体対角線上の数を足しても定和と一致しない。そのかわり、8本ある4次元対角線上の数の和は定和514である。

この魔方陣の作り方は非常に簡単で、明かしてしまうとありがたみがなくなってしまうのだが、隠したところでわかる人にはわかってしまうので、明かしてしまおう。

  1. まず、16×16の枡目を用意し、そこに1から256までの数字を左上から順に横に並べた表を作る。
  2. 次に、逆に右下から順に1から256までの数字を並べた表も作る。この表は1の表を180度回転させたものになっている。
  3. 1で作った表を4×4の枡目を単位にして16分割する。そして、16個の正方形のそれぞれについて対角線以外の枡目に記入した数を消す。
  4. 同様に2で作った表も16分割するが、今度は4×4の正方形の対角線の枡目に入った数を消す。
  5. 3と4を重ね合わせる。実際にやってみればわかるが、1から256までの数が過不足なく入った表ができあがる。この段階で2次元の16方陣になっている。
  6. 5でできた魔方陣を180度回転させる。当然のことながら、これも16方陣である。
  7. 5の魔方陣を4×4の枡目を単位に16分割する。今度は4×4の単位をひとまとまりのブロックとみなし、対角線以外のブロックを消す。
  8. 同様に6の魔方陣を16分割し、対角線のブロックを消す。
  9. 7と8を重ね合わせる。ここでも1から256までの数が過不足なく入った16方陣になっている。
  10. 9をもう一度16分割して、z軸、t軸上にそれぞれ積み重ねてできあがり。上の展開図では、それぞれの表の見出し(z-t)で重ね合わせる方法を示している。

文章で説明するとややこしいが、HTMLで表組みするのは面倒なので、これでなんとか察してほしい。いちおう、x,y,z,t方向それぞれ64通りと4次元対角線8通りについてすべて定和514が得られることを検算してはいるが、HTML化の際に誤記している可能性もある。お気づきの方はご一報頂きたい。

1.11254(2005/01/02) 竹中工務店の創業者は竹中半兵衛ではない

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050102b

今回の話題は見出しそのまんま。竹中工務店1610年(慶長15)に竹中藤兵衛が創業した会社だ。この藤兵衛なる人物はその昔織田信長の普請奉行だったらしい。半兵衛の関係は知らないが、少なくとも別人であることは確かだ。

私は竹中半兵衛が竹中工務店を興したという誤った情報を少なくとも10人以上の人々に広めてしまった。幸い私が誤情報を流した人々のほとんどはこのサイトを見ているはずなので、この場で訂正するとともに謝罪する。

ごめんなさい。

やっぱり、清水建設の社員から聞いた話を鵜呑みにしちゃいけないよなぁ。

1.11255(2005/01/03) 逃避生活

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050103a

いったい何から逃げているのか自分でもよくわからないのだが、とにかく私は今逃避生活を送っている。

昨日は4次元魔方陣などという馬鹿馬鹿しいものを作る作業に没頭することで、今迫りつつある何物かを忘れようと試みたが、今日もまた魔方陣をひとつ作ってしまった。今度はふつうの平面上の魔方陣だが、中央に2005が入るという趣向のため、やはり相当馬鹿馬鹿しいものになった。こんなことなら西暦ではなく元号にしておけばよかった。

手間ばかりかかって、特段数学的に興味を惹くものではないが、せっかく作って公開しないのももったいない。今度は別ファイルにしてあるので、興味のある方はここをクリックされたい。

数がとびとびになってもいいなら、ごく小さな魔方陣でも2005を含めることは可能だが、1から順に自然数を並べていくとするなら、最低でも45方陣以上の大きさが必要になる。別に45方陣だろうが455方陣だろうが、奇数次の魔方陣なら同じ方法で簡単に作れるのだが、その方法だと、n方陣(nは3以上の奇数)の中央の枡目に入る数は必ず(n2+1)/2となってしまい、2005が中央にくることはない。

そこで私は、汎魔方陣を作ることにした。2005を含む奇数次の汎魔方陣をひとつ作れば、あとは適当に行や列を移動させて2005を中央に持って行くことができるからだ。

ひとくちに汎魔方陣といってもさまざまな作り方があるようだが、私が知っている方法は汎ラテン方陣を二つ重ねてオイラー方陣を作るという方法だけなので、その方法で作った。

と、説明しても予備知識のない人にはちんぷんかんぷんだろうし、見る人が見れば、数の並びに偏りがあるのがひと目で見て取れるので、作り方を説明するには及ばないだろう。いったい私は何をやっているのだろうか。こんなくだらない魔方陣の一つや二つを公開したところで他人から賞讃されるわけでもなく、東京駅で落とした特急券が戻ってくるわけでもなく、毎日がいきいきとしてさわやかに過ごせるわけでもなく、ただの時間の無駄遣いではないか。

ネット上には本当に凄い魔方陣がいくつもある。癪にさわるからリンクはしないけれど、検索すれば簡単に見ることができるので、興味のある人はどうぞ。

そういえば、年末の旅行前日に『春期限定いちごタルト事件』を読んだのに、まだ感想を書いていなかった。『春季限定いちごタルト事件』(米澤穂信/東京創元社)感想リンク集appendix)で他の人の感想文をチェックして、かぶらないように注意しながら、ぼちぼち私も感想文を書くことにしよう。

1.11256(2005/01/03) ミダス王の耳は驢馬の耳

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050103b

正月三が日も今日で終わりなので、年越しの宿題を片づけておくことにしよう。『春期限定いちごタルト事件』(米澤穂信/創元推理文庫)の感想文だ。例によって核心に触れると思われる箇所は文字色を背景色に同化させるが、閲覧環境によっては丸見えになる。この文が素で見える人は注意されたい。

なお、今日の見出しは作中の「はらふくるるわざ」にちなんだものだが、別に大した意味があるわけではない。

既に感想リンク集までできている本の感想を書くのは難しい。なるべく重複しないようにしたいと思うが、見落としやチェック漏れもあるだろうから、これから私が書く事柄について既に他の人が指摘しているという可能性は十分にある。

ところで、『春期限定いちごタルト事件』の感想文でいちばん面白かったのは、BAD_TRIP12/20付の文章だ。タイトルを構成する5つの語が収録作5篇にそれぞれ対応しているという仮説を提示していて、その発想のユニークさに驚いた。この仮説は「いちご」と「おいしいココアの作り方」が繋がらないのが難点だそうだが、私が思うに、これはいちごココアで片がつく。春摘みの新鮮なオランダいちごを砂糖たっぷりで少し濃いめのココアに一粒か二粒浮かべただけの簡単な飲み物だが、ココアの甘みといちごの酸味が絶妙なハーモニーを奏でて幸せな気持ちになれる。嘘だと思うなら一度試してみなさい。おいしいよ。

でも、私は遠慮しておこう。

いちごとの繋がりはともかくとして、「おいしいココアの作り方」は『春期限定いちごタルト事件』の中で、ミステリとしての構成がもっとよくできた話だと思う。日常生活の謎を扱ったミステリは数多くあるが、これに比肩するのは北村薫の「砂糖合戦」(『空飛ぶ馬』所収)をおいてほかにない。「おいしいココアの作り方」は21世紀の「砂糖合戦」だ、と言ってしまおう。

ただし、「砂糖合戦」と「おいしいココアの作り方」にはかなり大きな違いがある。紅茶とココアの違いも重要だが、私が言っているのは提示される謎の質の違いだ。ホワイダニットとハウダニットの違いと言えばわかるだろうか? もう少し詳しく説明すると、「砂糖合戦」のほうはある人物の特定の意図に基づく作為的な行動が観察されたとき謎として捉えられるという話だが、「おいしいココアの作り方」のほうにはそのような作為はない。

作為がないというのはちょっとしたポイントだ。もし、謎の原因となる人物がどのような意図に基づいて行動してもいいということなら、誰かに謎解きを迫るためにあえてトリッキーな行動をとることで謎を出現させるということも有りになってしまう。言ってみれば、劇場型犯罪の非犯罪版だ。こういう手が絶対にいけないというわけではないが、読後「これって推理クイズを引き延ばしただけだよなぁ」と思ってしまい、白けることが多い。連作短篇集に1篇くらい忍ばせておいて、箸休めにする程度の使い方が妥当なのではないだろうか。

もう一つ、謎の原因となった人物に作為がないということは、余詰めを排除するあらための手続きを簡素化することができる。たとえば、「ミルクを温めるのに使った鍋を台所から持ち出しても家の中には隠し場所がなく、庭土を最近掘り返した形跡もない」などという記述がなくても、読者は安心してココアを作る手順に集中して推理することができる。

ところで、「おいしいココアの作り方」の解決で示される手順については次のような難点がある。

  1. 牛乳は加熱すると膜を張るので、それが痕跡として残る
  2. 冷蔵庫に温かい飲食物を入れると他のものが腐ってしまうおそれがある。
  3. 紙パックを電子レンジにかけると膨張して破裂するおそれがある。

私は冬野佳之氏に言われて初めて気づいた。2と3は必ずそうなるとは限らないが、ばれたら家族にこっぴどく怒られるのは間違いない。1は決定的な物的証拠となる。

致命的なエラーというほどではないが、なんらかのフォローがあったほうがよかったのではないかと思う。

順序が前後してしまった。最初に戻って順番に見ていこう。

まず「プロローグ」だ。これは独立した短篇ではないが、本篇への導入としてはよく書けていると思う。11ページ6行目から8行目にかけての台詞が印象的だ。

名探偵が名探偵であるがゆえの苦悩というテーマはエラリー・クイーン以来よく用いられているが、今となっては若干鼻につくきらいもある。『春期限定いちごタルト事件』は名探偵の苦悩を矮小化し日常レベルに引き下ろすことで、その滑稽さを浮き彫りにした、一種のパロディ作品である……と読むこともできるが、それが作者の本意かどうかは知らない。

「羊の着ぐるみ」は、ミステリとしては「盗まれた手紙」以来脈々と流れる古式ゆかしいテーマを扱っている。ただ、読者が推理によって隠し場所を言い当てることができる類の話ではない。むしろ、主要登場人物を紹介し、謎を巡るスタンスの違いによってそれぞれの人物に性格づけをするのが目的だとみるべきだろう。

ネタそのものは特に個性的なものではないが、最後の締めくくりには米澤穂信らしさがよく現れている。小鳩くとと小佐内さんが「わからない」の一言で拒絶したものを、吉野桜子と「なんだいミステリ研」の面々だったら共感をもって受け入れたことだろう。『春期限定いちごタルト事件』は比較的明るい色調の小説ではあるが、見かけ上の暖かさの背後には寒風が吹きすさんでいるのが、この小さなエピソードからもわかる。

小鳩くんと小佐内さんのコンビは比類ないが、無理矢理類似例を探すとすれば……『GOTH』の主人公コンビだろうか。

続く「For your eyes only」は、「高尚」というキーワードの取り扱いがいかにも米澤穂信らしい。『さよなら妖精』の「シュート」を連想してしまった。

読者は謎の絵をじかに見ることができないため、「気づくか/気づかないか」の話でしかない。論理的に解決できるかのような見かけを演出するための伏線はあるが、気づく人は伏線なしでも気づくだろう。そういう意味では一発ネタだといえる。

「For your eyes only」の真価は何といっても最後の場面にある。最初読んだとき、別に引き裂かなくてもいいだろうとツッコミを入れたくなったのだが、この人物のこの行動(と最後の台詞)に深い意味を読み取ることも可能だ。たとえば……

勝部先輩は密かに大浜さんを想っていたが、告白できないまま大浜さんは卒業して連絡がとれなくなった。二人の間を繋ぐのは「時機が来たら取りに来る」と言って大浜さんから託された二枚の絵だけ。その絵に何か二人の関係についての象徴的な意味が含まれていると信じていた勝部先輩は、それが自分とは全然関係なかったことを知り、動揺する。引き裂かれた絵は勝部先輩の想いそのものであり、「ゴミなのね」というのは自嘲の台詞である。

……全然深くないではないか。反省。

「おいしいココアの作り方」については最初に触れたので、次は「はらふくるるわざ」だ。これもミステリとしてはネタが小粒で、小佐内さんのキャラクターを立たせるための話だと考えてしまいがちなのだが、ここまでだらだらと感想文を書いておきながら、まだ全然独自色を出せていない。この辺でちょっと頑張ることにしよう。

「はらふくるるわざ」は『春期限定いちごタルト事件』全体のターニングポイントであり、小鳩くんがはらをくくる話である。それは、謎の提示され方に着目すれば一目瞭然だ。

「羊の着ぐるみ」では「盗まれたポシェットはどこにあるのか?」という謎が健吾から持ち込まれた(そう言っているわけではないが、ポシェット探しを手伝わされているのだから同じことだ)。「For your eyes only」でも同じく健吾経由で変な絵を巡る謎に取り組んでいる。「おいしいココアの作り方」では「いかにして健吾はおいしいココアを作ったのか?」という謎が健吾の姉の知里から(本人は健吾からの挑戦だと言っているが明らかに謎を謎として認知したのは知里のほうだ)持ち込まれている。つまり、「はらくくるるわざ」より前には、小鳩くんは既に認知された謎を与えられて解いているだけに過ぎない。

ところが、「はらくくるるわざ」では、はじめて小鳩くん自身が謎の認知者となっている。「あれ? あれは確か小佐内さんから聞いた話じゃなかったっけ?」とほんの一瞬でも思った人はもう一度「はらふくるるわざ」を読み直してみよう。小佐内さんが語ったのは単なる出来事であって、そこに謎を見いだしたのは小鳩くんのほうだ。

殺人事件や重大な犯罪を扱ったミステリでは、謎の認知のプロセスが興味の焦点になることはあまりない。事件が事件として捉えられた瞬間に(その全容が明らかでない限りは)そこに謎があることは明らかだからだ。

しかし、一見したところ明確な謎がない出来事に違和感を抱き、そこに謎を見いだすというタイプのミステリもある。たとえば、「奇妙な足音」(チェスタトン)、「選挙殺人事件」(坂口安吾)、「グリーン車の子供」(戸板康二)、「歯痛の思い出」(泡坂妻夫)など。

このタイプのミステリには、ある共通点がある。それは、一般人よりも観察力に優れ、好奇心が強く、謎解きに興味をもつ人物が登場し、その人物のまなざしを経てはじめて謎が謎として立ち現れるということだ。謎の認知者は探偵役と同一である必要はないが、今挙げた作例ではみな謎の認知者が探偵役となっている(順に、ブラウン神父、巨勢博士、中村雅楽、亜愛一郎)。思うに、「一般人よりも観察力に優れ、好奇心が強く、謎解きに興味をもつ人物」という条件が名探偵にも共通するからだろう。「名探偵とは何か?」という問いは神学論争めいていてあまり好きではないが、名探偵に単に事件を解決する役割以上のものを求めるならば、「存在」とか「意志」などといった怪しげな形而上学的概念を持ち出すよりも、「謎の認知者にもなりうる者」と規定するほうが幾分ましではないか。

話を元に戻すと、『春期限定いちごタルト事件』における小鳩くんは、名探偵であることを拒否し小市民であることを望んできたわけだが、「はらくくるるわざ」に至って、声高に宣言こそしないものの、ようやく名探偵としての自分を受け入れる。<ハンプティ・ダンプティ>を出た瞬間、彼はルビコン河を渡ったのだ。

で、ルビコン河を渡った先に「狐狼の心」がある(どうでもいいことだが、今確認するまでずっと「狼の心」だと勘違いしていた)。5篇のうち最も分量が多く、その半分以上が推理と討議にあてられている。一発ネタではなく、推理の過程を重視した作品だといえよう。

ただ、ある人物の行動の疑わしさに関する計算方法が本当に妥当なのかどうか、少し気になった。3つの指標について、順に65%、20%、70%の信頼性(疑わしくなさ)があり、それを掛け合わせると信頼性が9.1%になり、およそ9:1で疑わしいという結論になるのだが、各指標のウエイトの問題(これは作中で言及されている)を抜きにしてもおかしいのではないだろうか? この計算方法だと、ごくわずかでも疑いを差し挟む余地のある指標を追加していけば、信頼性はどんどん下がっていくことになる。こんな場合は各指標の値を平均するのではないだろうか?

とはいえ、これは他人を説得するための便法であって、推理そのものの妥当性とは直接関係がない。「疑わしいか/疑わしくないか」で比較するのではなく、仮説どうしのもっともらしさで比較して、よりもっともらしい仮説に基づいて検証を行い、その結果が仮説を支持するものであれば、論理学的にはともかくミステリとしては十分妥当な推理といえるだろう(ただし、検証作業は読者にはできないことなので、「読者への挑戦状」つきの厳格な小説の場合は条件がきつくなる。その条件を明示するのが私の積年の夢なのだが、まだ果たせないでいる……というのは、また別の話)。

危機をにおわせ、緊張感を高めておきながら、修羅場も愁嘆場もなく、ちょっと脱力するような締めくくりを迎える点には賛否両論あるところだろう。個人的には、小佐内さんが実は古式武術の使い手で、自ら封じていた一子相伝の暗殺拳を解放して、襲いかかる悪漢どもを半死半生の目に遭わせるという展開を期待していたのだが、残念ながら今回は通背拳が炸裂するシーンは見られなかった。次回作に期待したい。

最後に「エピローグ」だ。これは独立した短篇ではないが、次回作への"ひき"としてはよく書けていると思う。といっても、『春期限定いちごタルト事件』が未完結の中途半端な作品だというわけではない。これはきちんと整った端正な完成作だ。

とはいえ、果たして小鳩くんと小佐内さんは一小市民であり続ける事が出来たのでしょうか?と問うてみたくなるのも確かだ。

この問いに作者は今のところ回答していないが、よほどの裏技(たとえば、小鳩くんと小佐内さんがキノコにあたって性格が反転してしまうとか、宇宙人に攫われてロボトミー手術をされてしまうとか)を使わない限り、答えは「否!」である。この点に異論のある人はいないだろう。その意味では先が見えている。

ただ、今後二人の関係がどうなるのかという点については全然先が読めない。互恵関係から恋愛関係へと発展するかもしれず、恋愛抜きの依存関係になる可能性もある。この本の巻末の空きページにはセイヤーズの本の広告が掲載されているが、もしかするとそれが二人の将来を暗示しているのかもしれない。

最後になったが、解説についても感想を述べておく。

ここまでの文章からもわかることだが、私は『春期限定いちごタルト事件』のミステリ要素を重視して読んだので、ミステリ要素をスッパリなくしてひたすら青春小説路線をつっ走ってみたらおもしろいんじゃなかろうかと言う極楽トンボ氏とは読み方が全然違っている。ほぼ対極に位置していると言ってもいいくらいだ。だから、この解説は非常に新鮮だった。ついでにいえば、自分のサイト名とハンドルが文庫解説で言及されるのも新鮮な体験だったが、そのネーミングセンスはさすがにいかがなものかと思った。こんなことならもっとまともな名前にしておけばよかった。

ネットの"文法"を紙媒体に持ち込んでインパクトを与えるという手法に反発が多いことは承知しているが、私はむしろその不徹底さのほうが気になった。この内容なら断固として横書きにすべきだった。また、まいじゃー推進委員会!のURIくらいは書いておいたほうがよかったと思う。ついでに汎夢殿のURIも。

あと付け加えるとすれば『氷菓』と『愚者のエンドロール』がスニーカー文庫から出ているという情報だろうか。解説にも奥付ページの著者紹介にもタイトルは表示されているが、これだけの情報をもとに書店でこの2冊を探すのは難しいだろうから。

以上をもって私の『春期限定いちごタルト事件』感想文とする。ご静聴ありがとうございました。

(2004/01/04)追記

上の記事を書いたあとで、掲示板に冬野氏が「おいしいココアの作り方」の別解を投稿しているので、転載しておく(元記事は『春期限定いちごタルト事件』未読の人のため削除してある。また掲示板の仕様でソースがあまりにも汚いため、マークアップは適当に変更した)。

某所のお姉さんによると 投稿者:冬野@新年さいたまー  投稿日: 1月 3日(月)23時36分15秒
正しいレンジの使い方で美味しいココアを作る方法は、以下の通りだそうです。
------------------------------------------
 3つのカップに少量の牛乳を入れて、まとめて20秒ほどレンジでチン。
 温まった3つの牛乳入りカップにパウダーを入れてゴリゴリとペースト状になるまで練る。
 そしてもう一度ミルクをなみなみと入れて、レンジで50〜60秒ほどチン。

 これで出来上がり。1つのスプーンで3杯作れてしかも条件は満たしているよ。ペースト状になったココアに注ぐのは「ホットミルク」ではなく本文中では「ミルク」と書いてあるからね。

 ただ、一つだけ問題があって、これだと「パウダーをカップに入れてからホットミルクを注ぐ」という条件だけが満たせないのだけれど、結果的にやっていることは同じでしょ? ミルクティーにミルクを入れてから砂糖を入れるか、その逆かくらいの違い。
------------------------------------------
補足 投稿者:冬野@新年さいたまー  投稿日: 1月 3日(月)23時46分59秒
レンジで50〜60秒というのは、1カップあたりのようです。

ただ、それでも実際にやると短くてヌルいと思われるので、
さらに30秒やれば、膜もあまり張らなくて熱々ですかね。
などと私見も交える。

なお、冬野氏のウェブログが開設されたので、上の記事中のリンク先も変更した。

1.11257(2005/01/04) おぞましい二人

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050104a

全文削除。

1.11258(2005/01/05) 義しいHTML入門(ただしいえっちてぃーえむえるにゅーもん)

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050105a

全文削除。

1.11259(2005/01/06) ツンデレはフィクションの中にしか存在しない

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050106a

全文削除。

1.11260(2005/01/07) 今日も全文削除

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050107a

全文削除。

1.11261(2005/01/08) ホントに書いてるの?

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050108a

全文削除。

1.11262(2005/01/09) ごめん、書いていない……

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050109a

全文削除。

1.11263(2005/01/10) 「ごめん」で済んだら警察はいらん!

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501a.html#p050110a

全文削除。

1.11264(2005/01/10) 予告「メタ探偵シリーズを読む(仮)」

http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/qed/p0501b.html#p050110b

約一週間の更新中断ですっかり衰えた××力(伏せ字の部分には人間には発音できない邪神の言語が入る)を再度鍛えるため、近日中に感想文を一つ書くことにした。

取り上げるのは、秋山真琴氏(雲上回廊及び雲上四季管理人。なお、雲上四季には雲上四季は、雲上回廊のコンテンツの一つです。と明記されているので、今後、特に必要のある場合を除いては、雲上回廊のほうにリンクする)のメタ探偵シリーズであり、具体的には下記の作品群である。

  1. 「メタ探偵の憂鬱」(『ヘリオテロリズム Vol.1』所収)
  2. 「メタ探偵の助手」(『ヘリオテロリズム特別号 20』所収)
  3. 『メタ探偵の溜息 予告編』
  4. 『メタ探偵の冒険』

年末の冬コミで私はこれらを入手し、年が明ける前に一通り目を通したのだが、その後風邪をひいて記憶が欠落したため、再度読み返す予定だ。

まだ、どういう感想文にするのか全然考えていないし、途中で投げ出すおそれもあるのだが、自分にプレッシャーをかけるという意味もこめて予告しておく。