【日々の憂鬱】「ミルク性器」とか「ミルク精液」などという語呂合わせはいかがなものか。【2003年9月上旬】

  • 1.10778(2003/09/01) 9月1日は防災の日
  • 1.10779(2003/09/02) 全ミス連
  • 1.10780(2003/09/03) 今日はドラえもんの誕生日
  • 1.10781(2003/09/05) 昨日はクラシックの日だったが、今日は何の日か知らない
  • 1.10782(2003/09/07) 思えば遠くへ……
  • 1.10783(2003/09/09) 乱歩を読む、全部読む!
  • 1.10784(2003/09/10) 『孤島の鬼』の感想

  • 1.10778(2003/09/01) 9月1日は防災の日

    http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/pp/0309a.html#p030901a

    先日衝動買いした『珍日本紀行』〔東日本編〕でも紹介されている熱海秘宝館へ行きたくなり、金曜夜の夜行バスに乗って横浜へと向かった。熱海直通のバスがあればよかったのだが、時刻表で見たところ残念ながら関西発の便はないようだ。旅行会社が企画した温泉ツアーを探せばあったかもしれないが、そんな余裕はなかった。それに、温泉宿とセットだとかなり高くつくのは間違いない。私が求めるのはただ一つ、めくるめく官能の世界だけなのだ。かくして私は「青春18きっぷ」片手に東海道本線に乗り、西へ西へと約1時間半、熱海で下車して路線バスに乗り換え、終点まで。すると……。

    熱海秘宝館下ロープウェイ乗り場付近

    バスを降りれば、そこはもうロープウェイ乗り場。切符売り場のおばちゃんの微笑みが眩しいよ。

    「秘宝館へ行かれるんですか〜。うふふふふ」

    ロープウェイ乗り場から秘宝館を臨む

    さあ、絶頂に向かって出発進行!

    ロープウェイにて

    眼下に広がる熱海の街と海。思えば遠くへ来たものだ。

    ロープウェイ降り場

    この矢印の先には私がまだ見たことのない秘宝があるのね。わくわく。どきどき。

    国立歴史民俗博物館前の石仏

    おおっ、こんな秘宝が……。

    怪しい祠

    上の写真は間違い。

    なにやら怪しげな祠があった。どうやら秘宝館はまだ上らしい。

    秘宝館入口

    いよいよ、秘宝館の中へ……。

    ここから先は写真撮影禁止なので、お見せすることはできません。悪しからず。

    最後にどうでもいい写真を一枚。

    東急東横線高島町駅

    やがて消えゆく駅。


    秘宝館の話題の後で恐縮だが、V林田氏からLEGIOん評価オフの際に貰った『ちけっと・2・らいど カシオペアは北天に輝く』(西奥隆起/富士見ミステリー文庫)を読み終えたので、その感想を書いておくことにしよう。

    一言で言えば「やっぱり富士見ミステリー文庫でした」。これで納得できた人は以下の文章を読む必要はない(納得できなかった人も別に読まなくて構わないが)。

    私はあまりライトノベルに詳しくないので断言はできないのだが、この小説はもしかしたらライトノベル界初のトラベルミステリー(なんとなく「トラベルミステリ」という表記より、こっちのほうがいいような気がする)かもしれない。もしそうだとすると記念碑的価値はあるだろう。だが、ミステリとしてはあまり見るべきところはない。

    主人公の小山翼が幼なじみの松本あずさと商店街の福引で特賞を引き当てて特急「カシオペア」に乗って北海道に向かう。その二人を追いかけて、お邪魔虫の日向隼人(なぜか関西弁キャラ)が「カシオペア」に無賃乗車したり、翼のバイト先の鉄道雑誌編集部で働いている大月櫂二岡山希美に出会ったり、その他どうでもいいことやあまりどうでもよくはないことが起こるのだが、この人名を見ただけで全身から力が抜けてゆくような気がして、あまり気合いを入れて読む気がしなくなる。そして、列車は札幌駅に到着し、そこでようやく死体が発見される。ここまでで既に100ページ以上経過している。

    被害者とは全く縁もゆかりもなく、どう考えても疑われっこないはずの翼がなぜか警察に執拗に取り調べられ、そのたびに都合良く警察の情報を入手する、という展開は「ま、ライトノベルだから仕方ないか」(註1)で済ませられるが、物語に全然起伏がなくて退屈なのはどうしようもない。それでも我慢して読み進めると、198ページ2行目でようやく伏線らしい台詞が出てくる。即座に「ああ、こいつが犯人か」と思って(註2)読み進めると、やっぱりその人物が犯人だったことが最後に明らかになる。いちおうアリバイトリックもないことはないが、別に面白くもなんともない。犯人の不用意な一言が決め手になるという趣向もあまり効果的とは言い難い。どこがどう面白くなくて、どう効果的ではないのかを説明すると長くなるし、そこまで手間暇をかける気にもならない。

    結論:やっぱり富士見ミステリー文庫でした。


    さて、そろそろコミケ旅行記の続きでも書こうか。


    註1

    こういう物言いはライトノベルを馬鹿にしているようだが、別にそういうわけではない。ライトノベルの場合、現実の社会的制度や慣習をあまり忠実に反映しない傾向が強いので、多少の御都合主義はライトノベルの基準からすればとりたてて批判されるべきほどのことはないだろう、という意味だ。

    註2

    それまで主人公と取り巻き連中以外の個人データがほとんど出ていなかったのに、突然こんなデータが提示されたら、当該人物がシリーズキャラ化する伏線でない限りは、事件解決のための手がかりとしか考えられない。

    1.10779(2003/09/02) 全ミス連

    http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/pp/0309a.html#p030902a

    今日はのびのびになっていたコミケ旅行記の続きを書くつもりだったが、予定を変更して見出しに掲げた全ミス連の話を書くことにする。というのは杉江松恋は反省しる!の今日付の記事を読んで、ふと昔のことを思い出したからだ。

    あ、ミス連は常時参加者募集中です(たぶん)。東京近郊にお住まいで、一度顔を出してみたいとお思いの方は、ご連絡ください。ちなみにミス連とは「全日本大学ミステリ連合」の略です。

    おお、全日本大学ミステリ連合! 北は北海道大学から西は確か広島修道大学まで(もしかしたらまだ西があったかもしれない)数多くの大学が加盟していた大学ミス研の全国団体。私はこの団体の存在を1980年代半ばの「EQ」誌(今の若い人は知らないかもしれないが、昔、光文社からこんな名前の雑誌が出ていた。今の「ジャーロ」の前身にあたる)で知った。「EQ」の巻末近くに全ミス連のコーナーがあり、加盟校が回り持ちで近況報告を書いていた……と思うが今となっては記憶は定かではないし、当時の「EQ」は既に処分してしまったので確かめる術もない。

    当時、私はまだ子供だったので行動範囲も狭く、身近にミステリの話ができる人など一人もいなかった。そんな私にとって大学ミス研というのは憧れの的だった。いつかはミス研に入って全ミス連の大会(?)に出てみたい、と思っていた。

    だが、私が全ミス連の存在を知った時期には、実は日本全国の大学ミス研の連合組織としてはそろそろ衰退期にさしかかっていたようで、「EQ」の全ミス連コーナーはそのうちただの大学ミス研紹介コーナーになり、いつの間にか消滅していた。

    さて、その全ミス連の合宿に私は一度だけ参加したことがある。少なくとも10年以上前なのは確かだが、正確な年号は覚えていない。その頃私は東京近郊に住んでいた、というわけでもなく、全ミス連加盟校のミス研に所属していた、というわけでもない。詳しい経緯は記憶の闇の彼方だが、たぶん当時ワセダミステリクラブに所属していた友人に誘われて参加したのだと思う。ちなみにゲストは若竹七海氏だった。

    それにしてもこの白子町には本当によく来ている。今までお願いしたゲストでいえば、若竹七海さん、有栖川有栖さん、北森鴻さん(まだいらっしゃったかも)、みなさんこんな遠いところまで嫌な顔一つせず足を運んでいただけて、本当に頭が下がる。ミステリー・ファンの鑑である。

    これも杉江松恋は反省しる!からの引用。すると、私は杉江氏と出会っていることになる(若竹氏が2回ゲストに呼ばれたとすれば話は別だが)。

    私が合宿に参加した時には、「全日本大学ミステリ連合」という看板はほとんど有名無実のものになっていた。参加者のほとんどが早稲田と慶応の学生で、それ以外には関東地方のいくつかの大学ミス研の学生が混じっていた程度。かつては関西からも京大や同志社の学生が夜行列車(今の若い人は知らないかもしれないが、昔、通称「大垣夜行」という夜行列車があった。今の「ムーンライトながら」の前身にあたる)に乗って多数参加したそうだが、年々関西からの参加者は減る一方で、この回はとうとう私一人だった(上述のとおり私は全ミス連に所属していたわけではないので、その意味では関西からの参加者はゼロともいえる)。

    その翌年、阪大の学生が一人全ミス連の合宿に参加したという話を聞いたが、それを最後に関西と関東の交流は途絶えた。関西では細々と「関ミス連」(「関西ミステリー連絡交流会」の略と言われているが、正式名称が何だったのかは謎。最近では「関西学生ミステリ連合」などと称することが多い)が続いていたが、もはや大学生の文化系サークルの栄光の時代は終わっていた。個人主義が浸透し、趣味の世界で集団に属することに"押しつけがましさ"を感じる人が増えてきたのだ。

    その後、全ミス連の復活を期してワセミスの代表だったか幹事だったかが全国のミス研に檄文をとばしたが連絡先の自宅電話番号を書き間違えるという痛恨のミスにより反応が皆無だった、とか、「全ミス連」から「全」の一字が取れて「ミス連」と呼ばれるようになった、とか、一時期「関東ミステリ連合」という呼称もあったが略称が「関ミス連」になって紛らわしいためすぐに廃れて「ミス連」に戻った、とか、いろいろなことがあったらしい。

    関西のほうでは関ミス連が合宿形式をやめてミステリ作家の講演会へと性格を変え、一時期のどん底を脱したが、かつての同好の士の親睦会という色合いがどんどん薄まって、よくも悪くも「イベント」になっていった。関東のほうではずっと合宿を続けているという話を聞いては、その頑固さを羨ましく感じたものだ。(註1

    それもこれも今は昔。私もすっかり年をとった。ミステリを貪るように読んだ時期は遙か彼方、惰性で読んだ時期も去り、全然読まなくなって数年、それからこのサイトを開設してミステリ系サイトから刺激を受けて再びミステリを読むようになったものの、いかんせん寄る年波には叶わない。たまに何かの拍子に昔のことわ思い出しては、こうやってだらだらと思い出話を語ってはみるものの、もう新作に手を伸ばす気もなければ、古典に親しむ気もない。『剣客商売』を面白がって読むほどまでに落ちぶれた(註2)ものだ。そういえば、ずっと昔に井上ほのか氏のインタビューをした時に、池波正太郎の愛読者だと知って驚いた。あの人は今……?

    註1

    これは思いつきに過ぎないのだが、関ミス連が変容を余儀なくされたのに関東のミス連が比較的往時の雰囲気を保つことができたのは、地理的条件によるものが大きいのではないだろうか。たとえば、ミス研出身者が大学卒業後に出版社に就職した場合、関東の大学だと引き続きOBとしてミス研関連の行事に参加することができるが、関西の大学の場合はそれが難しい。

    ……と書いてはみたものの、この仮説は相当怪しい。関ミス連出身でミステリ作家になった人々のほとんどは今でも関西に在住しているという事実が一つの反証になるだろう。

    註2

    別に池波正太郎を馬鹿にしているのではない。だが、ミステリ至上主義者の頃の私が池波正太郎を読んだら馬鹿にしていただろう。そう考えると私は自らの老いを感じずにはいられない。

    1.10780(2003/09/03) 今日はドラえもんの誕生日

    http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/pp/0309a.html#p030903a

    今日はコミケ旅行記の続きを書くつもりだったが、気が乗らないのでやめておく。そのかわりに突発企画「『珍日本紀行』紹介観光地ネット探索・第一回」を実施する。二回目があるかどうかは未定。

    まず〔西日本編〕の0738ページ〜0739ページ(ページ数は4桁で、〔東日本編〕からの通し番号になっている)で紹介されている「柿の資料館」。奈良県で取り上げられているのはここ一箇所だけで、東隣の三重県が8箇所、西隣の和歌山県が10箇所も取り上げられているのと対照的だ。きっと奈良県は清潔で健全で、猥雑さとは無縁のところなのだろう。

    『珍日本紀行』によれば、この「柿の資料館」は直径18メートルの柿の実の形の建物で、総工費約19億円だそうだ。本で全景写真を見ると馬鹿馬鹿しくも壮大で是非一度行ってみたくなるのだが、言葉で説明するのは難しい。そこでネットで調べてみることにした。

    ふつうなら「柿の資料館」で検索するところだが、『珍日本紀行』によれば県が作った施設だと書かれていたので、奈良県ホームページから辿ってみる。たぶん「農林業・農山村」というコーナーだろうと当たりをつけて農林部のページへ。すると、下のほうに柿博物館へのリンクがあった。「柿の資料館」と「柿博物館」では少し違うが、同一県に類似施設が2つもあるとは考えにくいから、たぶんこれで間違いないだろう。いざクリック!

    ……あれ? リンク切れ?

    もう一度『珍日本紀行』を繙くと、県が西吉野村にある県果樹センター内に作ってしまったと書いてある。そういえばさっきのページには果樹振興センターへのリンクもあった。「果樹センター」とは少し違うが(以下略)。早速クリックしてみると……

    奈良県農業技術センターのホームページは下記に移転しました。

    http://www.naranougi.jp/index.html

    5秒後に転送されますが、されない場合はアドレスをクリックして
    ください。

    あれ? 私が見たかったのは農業技術センターのページではなくて、果樹振興センターのページだったのだが。でも転送先にはちゃんと果樹振興センターへのリンクもあった。これでさっきと同じところに出たら怒るが、幸い今度はちゃんと果樹振興センターのページだった。

    おお、柿だ。真っ赤で巨大な柿の写真だ。

    でも、予備知識がなければただの赤いドームにしか見えないだろう。もう少しいい写真はないものか……と思ったら、柿博物館のページがちゃんとあるではありませんか!

    見よ、この勇姿を!(画像への直リンク)

    ところで果樹センターへの道順案内を見ると、かなり山奥だとわかるが、近く(?)にバス停もあるようだし、公共交通機関で行って行けないことはないだろう。誰か行ったらレポートしてほしいものだ。

    次に、「世界最大の壁画」(0712ページ〜0713ページ)と「小原洞窟・恐竜ランド」(0714ページ〜0717ページ)。どちらも和歌山県花園村にあるので花園村役場のサイトを見たら……一気に全身から力が抜けた。あとは自分でリンクを辿ってもらいたい。

    というわけで今日はこれでおしまい。

    1.10781(2003/09/05) 昨日はクラシックの日だったが、今日は何の日か知らない

    http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/pp/0309a.html#p0309

    昨日コミケ旅行記の続きを書くつもりだったのだが、やっぱり気が乗らなかったのでやめた。今日こそは書かなければ。と思っていたら、白黒学派(9/2付)でまたもや「プラトン風の愛」の話の続きが書かれていることに気づいた。ここ数日、定期巡回サイトのチェックを怠っていたのだが、気づいてしまった以上は何かコメントしておく必要があるだろう。

    さて、コミケ2日目は初日に続いて雨模様だった。知人のサークルの売り子をするために早朝にホテルを出たときには確か雨が降っていたように思う。だが、幸い会場に着いたときには雨はあがっていた。

    サークル入場しても別に開場直後に行列に並ぶつもりもなく、肉群が押し寄せ、肉流となり、肉壁を形成するさま(「肉群/肉流/肉壁」は全て一発で変換できたが、本当にそんな言葉があるのだろうか?)を見送っていた。ある程度落ち着いてから、事前にチェックしておいたサークルをいちおう巡回してみた。その時、半端マニアで『冬は幻の鏡』を入手した。本当は3日目の半端マニアソフト(コミケでのサークル名はゲームと同じ「冬は幻の鏡」だった)の販売物なのだが、3日目は一般参加なので何時に入場できるかわからないので、確実を期したわけである。買ったからにはプレイしないといけない。うん、そうしよう。

    そういうわけで、今日はこれでおしまいだ。

    1.10782(2003/09/07) 思えば遠くへ……

    http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/pp/0309a.html#p030907a

    柿博物館

    先日取り上げた奈良県の柿博物館へ行ってきた。現地に到着したのが16時30分でちょうど閉館時刻だったため中には入れなかったが、大事なのは中身ではなく見かけなのだ。思う存分絶景を鑑賞したので思い残すことも何もない。いい人生だった。


    柿忘れていた、もとい、書き忘れていたのだが、9/5に講談社の「ファウスト」を買った。もう、あちこちのサイトで感想文がアップされているが、私はインタビューや対談、鼎談などの記事をいくつか読んだだけで、まだ小説は全然読んでいないし、正直いってこれから読む気もあまりない。ぱっとページを開いてみたときに、読みにくそうな感じがしてしまうからだ。斬新なフォントやレイアウトを試みているようだが、使い古された凡庸な字組のほうが読みやすい。

    書店で手にとったときから「ああ、これはたぶん半分も読まないだろうなぁ」と思ったものだが、それでも買ったのは笠井潔が奈須きのこと武内崇の二人にインタビューした記事(むしろ三人の鼎談のような気もするが)を読みたかったからだ。私は『月姫』も『空の境界』も大好きなので、笠井潔がこれらをどう評価するのか見てみたかったのだ。

    実際に読んでみると、特に驚いたり感心したことはなかった。これだったら立ち読みでも十分だったかという気もするのだが、出版不況の折なので書店に喜捨したと思えば別に腹も立たない。

    去年11月、私は次のように書いた(「日々の憂鬱」1.10427(2002/11/08) おまけ)。

    東京で会った知人から聞いた話。「創元筋からの情報によれば」笠井潔が『空の境界』(奈須きのこ/竹箒)を読んでいるそうだ。笠井潔と奈須きのこという取り合わせは、まるでキース・ジャレットとミカラ・ペトリのようだ、と訳の分からない比喩を思いついたが、それはともかく、かの『ヴァンパイヤ−戦争』の作者が『空の境界』をどう評価するのか、興味がそそられる。

    でも、本当にこの情報は確かなのだろうか? 詳細をご存じの方はぜひご一報を!

    結局誰も詳細情報を教えてはくれなかったが、今となってはもう疑うべくもない。いや、10箇月前の私がなぜこの情報を疑ったのか理解に苦しむ人もいるだろう。しかし、去年の段階では笠井潔が『空の境界』を読むということは事件だったのだ。その証拠はこちら

    時間の流れは刻一刻と速度を増している。もはや、時速一時間などという悠長なことは言っていられない。「まだまだ若いモンには負けんゾ!」と強がってみたところで、新しい感性を身につけ、文脈を適切に理解し、他人と同じ踊りを器用に踊り続けるのは老人には難しい。またもや私は自らの老いを実感することとなった。

    1.10783(2003/09/09) 乱歩を読む、全部読む!

    http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/pp/0309a.html#p030909a

    先月から光文社文庫版江戸川乱歩全集が出ている。私は早速第4巻『孤島の鬼』と第10巻『大暗室』を買って、『孤島の鬼』から読み始めたのだが、コミケ旅行で中断して、それっきりになってしまっていた。

    で、今月は第7巻『黄金仮面』が出てしまった。幸い(?)私の地元の本屋にはまだ置いていなかったが、たぶんあと数日で見かけることになるだろうし、見かけたら買うことになるだろう。

    これはいけない。

    早く読まないと毎月毎月どんどん出て溜まっていくばかりだ。せっかく全巻買うつもりなのだから、きちんと消化していかなければならない。

    そこで、私はここに宣言する。「乱歩を読む、全部読む!」と。未読のものも既読のものも全部読むのだ。そして、読み終えるたびに逐一感想文を書いてアップすることにする。

    この乱歩全集は全30巻だから、予定どおり毎月1冊ずつ発行されれば2005年12月に完結するはずだ(計算間違っていないだろうか?)。刊行ペースにあわせて毎月1冊ずつ読んでいくつもりだ。

    だが、先の話より、まず足下を見なければならない。とりあえず第1回配本の2冊を読むことにしよう。『孤島の鬼』の211ページまで読んでいるから、そこから始める。そして、(今月はもう間に合わないが)必ず新刊が出たらすぐに読み、翌月に積み残しのないようにしよう。

    こうやって宣言するのは、怠惰な自分を奮い立たせるためだ。他人の目を常に意識しておかないと、私はつい本を積んでしまう。

    よし、読むぞ。乱歩を全部読破するぞ。

    1.10784(2003/09/10) 『孤島の鬼』の感想

    http://www.cypress.ne.jp/hp10203249/pp/0309a.html#p030910a

    昨日思いつきで立てた方針に基づき、『孤島の鬼』を読了した。ただし表題作のみで、併録されている『猟奇の果て』はまだ読みかけだ。

    私が『孤島の鬼』を読むのは三度目だ。最初は中学生か高校生の頃で、この時は角川文庫版だった。今では角川ホラー文庫から出ているが、当時はまだホラー文庫はなかったので、ただの(?)角川文庫だった。

    『孤島の鬼』は乱歩の最高傑作との誉れが高い。人によっては別の作品を推すこともあるだろうが、それでもこの作品が傑作であることを否定する人はいまい。私は少なくとも乱歩の長篇の中ではこれがベストだと考えている。というのは、短篇の名作群と比較するのが困難だからだ。

    高校生の頃、私は自分だけの東西ミステリベストテンを選んでいた。どのような順位づけをしたのか、今となってはちゃんと覚えていないのだが、『孤島の鬼』を第2位に位置づけたのは確かだ。では、第1位は何かというと、天藤真の『大誘拐』である。今選びなおしたらどうなるのか、ちょっと考えてみないとわからないけれど、少なくとも『孤島の鬼』が10位以内に入らないということはない。

    二回目に『孤島の鬼』を読んだのは10年ほど前のこと。この時は創元推理文庫版だった。既に一度読んだ作品なのに、非常に面白かったことを覚えている。

    そして、今回みたび『孤島の鬼』を読んだわけだが、やはり面白かった。年をとって記憶力が落ち、細かい筋立てを忘れていたせいもあるだろうが、そんな私でもさすがに密室殺人のトリックや意外な犯人の正体は忘れてはいない。だから、謎解きの面白さに惹かれたということではない。ただ純粋にストーリーテリングのうまさに痺れたのだ。

    私はまだ三十にもならぬに、濃い髪の毛が、一本も残らず真白になっている。この様な不思議な人間が外にあろうか。嘗て白頭宰相と云われた人にも劣らぬ見事な綿帽子が、若い私の頭上にかぶさっているのだ。私の身の上を知らぬ人は、私に会うと第一に私の頭に不審の目を向ける。無遠慮な人は、挨拶がすむかすまぬに、先ず私の白頭についていぶかしげに質問する。これは男女に拘わらず私を悩ます質問であるが、その外にもう一つ、私の家内と極く親しい婦人丈けがそっと私に聞きに来る疑問がある。少々無躾に亙るが、それは私の妻の腰の左側の腿の上部の所にある、恐ろしく大きな傷の痕についてである。そこには不規則な円形の、大手術の跡かと見える、むごたらしい赤あざがあるのだ。

    これは『孤島の鬼』冒頭の第一段落だが、自らの身体的特徴という身近なところから徐々に話を始めて、何となくもたもたとしたもどかしさを読者に与えながら雰囲気づくりをしていく技は見事だ。もっとも、この箇所は初読時よりも、再読、再々読のときのほうがより印象的かもしれない。これから始まる波瀾万丈の物語を予告する静かなさざ波に読者の心は躍るのだ。

    『孤島の鬼』の素晴らしさは既読の人には説明するまでもないだろうし、未読の人にはあまり予備知識を与えたくない。よく出来たミステリならみな事情は同じなのだが、この作品の場合、探偵小説としての核心をぼかしてその他のエピソードに限った紹介であっても、何となくもったいない気がしてしまう。よって粗筋の説明などは一切しない。まだ読んだことがない人はぜひ読んでみてください、とお願いするのみ。

    ところで、この光文社文庫版では戦前の刊本を底本にしているため、文体が比較的古風な印象を受ける。それはそれで味わい深いのだが、物語中盤に挿入された手記は戦後に書き直したものに比べるとややあっさりしている。巻末の新保博久氏の解説で

    しかしそうしたトリック(引用者註)さえも小ざかしいとすら思わせるほど印象強烈なのは、何といっても中盤に登場する手記の無気味さだろう。本全集では初出に近い形を採ったが、この個所に関しては漢字を減らして舌足らずな感を強めた桃源社版全集での最終改稿版(昭和三十六年)のほうに軍配を上げざるをえない。熱心な読者には、桃源社版に基づく創元推理文庫版、角川ホラー文庫版などとぜひ読み比べていただきたいと思う。

    と書かれているが、私も同感だ。「じゃあ、あんまり熱心じゃない読者は?」と訊かれたら少し迷うが、やはり創元推理文庫版などのほうをお薦めしたい。

    さて、ここまで書いたところで、私は幼少の頃に「プレ『孤島の鬼』体験」をしていたことを思い出した。遙か昔、まだ私が小学校に上がるか上がらぬ頃、一冊のマンガ本が私にほとんど恐怖のような強い感銘を与えた。そのマンガ本とは……『ドクターGの島』(高階良子/講談社KCなかよし)。

    『孤島の鬼』の前半で描かれる殺人事件の密室トリックと、その殺人事件の意外な犯人のこと。犯人の設定はクイーンの有名長篇に先んじている。解説ではタイトルを挙げず、ぼかした言い回しで言及しているが、言うまでもなく『Yの悲劇』のこと。