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前回までのあらすじ 
     ナレーター;三星 萌由 (パターン;彼氏○女の事情風早口調)

「ワンコ女子校生、光明 未璃阿は、ハイソティックマンモス学校、ザールブルグ学園に通う薄幸の
 自爆娘であった。そんな彼女が、ある日、下校途中に持ち前の運の悪さを発揮っ! 交通事故に
 巻き込まれると言う事態に遭遇。しかしその時、一人の見知らぬ男の子にその命を救われる。
 彼女を庇い、傷つき倒れた彼であったが、何故か彼女と一言も言葉を交さぬまま病院から失踪。
 全ては、ただの奇妙な事件として終わる筈だった..っがっ。事はこれで終わりはしなかった
 命の恩人と言う半ばインプリンティングにも似た要素も手伝ってか、彼女はこの男の子に一目惚れっ!
 行方の知れない彼を想って、憂鬱な時間を過ごしていたのだが、二日後、運命の悪戯かはたまた
 作者の陳腐なシチュエーション構成によってなのかっ、学校の職員室で見事再会を果たすっ!
 しかしここでも、彼女は持ち前のオプション装備であるオッペケぶりを発揮してしまい暴走した挙句
 衆人一同が見守る職員室の真っただ中で、彼に向かってイキナリ告白すると言う自爆振りを披露っ!
 普通こんなケッタイな娘に求愛されても、引いてまうもんなんやけど、意外な事にこのにーちゃん
 それをあっさりとオッケーしてまいよった。半分、意識がどこっかイってたみたいやけど、えーんかい?
 って、なーーんか最後のほーー大阪弁に戻ってもーたわ、あっはっはっは。そんなこんなで..
 彼女のバラ色、もとい、色ボケ一色の学園生活が始まろうとしていた...。は〜〜しんど(ふー)」






     「ほっといてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ(TーT)」










     〜ミリーのアトリエ〜

       現代編 ACT2
      
       「彼のオヒロメ」







夕暮れ間近の放課後。いつもの活気を失ったその場所には、多くの人の好奇に満ちた視線が
たった二人の人物に向けられていた。
放課後の職員室。
本来なら、この時間でも残っている筈の教員と何人かの生徒が行き交い、多少の喧騒を見せる場所。
しかし、今日ばかりは、いつもと少し違っていた。

     静寂。

普段とはかけ離れたこの音のない世界を招き入れたのは、一人の少女の言葉。


     「あたしとっ! つきあってくださいっ!!」

それを投げかけられた人物が、抑制のない声で一呼吸置いて反射的に聞き返す。
間の抜けた口調と表情で..。


     「..............どゆこと?」


両手で拳を作り爪先立ちで彼の瞳を見据えながら、少女は叫ぶ。
湯気がでそうな程、顔を真っ赤に染めながら。


     「ヒトメボレなんですっ!! おねがいしますっ!!!」

そう叫びながら、小柄な身体が折れそうなぐらい、深々とお辞儀をした後、少女はそのままの態勢で
黙り込んだ。

     シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

静まり返る職員室。
わずかに聞こえるのは、固唾を飲んで二人を見守るギャラリーの生唾を飲み込む”ゴクリ”とした音のみ。

     『お願いぃぃぃぃ〜〜〜〜、早くなにかゆってぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!?』

バクバクと音を立てて高鳴る胸を、無理やり抑え込みながら、少女は真っ白な頭の中で
そう考え、その身に走る緊張と戦っていた。
やがて少女の前に立つ人物が、ゆっくりと口を開く。惚けた表情と言うのを通りこし
それこそバカみたいな顔で、口をあんぐりさせながら。


     「...俺でよければ」

その言葉で、彼女は勢いよく顔を上げたかと思うと..。


     「よかったぁぁ...」

泣き笑いにも似た表情で、安堵のつぶやきをこぼす。

     「..ありがとぉぉ」

そして和らかな微笑みを浮かべ、本当に嬉しそうに目尻に溜まった涙を指で拭う。
その表情と仕種に..目の前の彼は、懐かしいような、それでいて新鮮にも感じられる
目の前の少女の魅力に、心の芯から魅了されその意識を釘付けにされた感覚を受ける。
相変わらず無言、無表情、無動作のままだったが。


     オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ っ !!??

突然彼等の周りで歓声が上がった。
一部始終を傍観していた職員室の面々が、この突発的に公演された青春ドラマのハッピーエンドに
スタンディングオペレーションで二人へと、惜しみない祝福を送っている。実にノリのいー観客である。


     パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!! ひゅうーーひゅうーー!!

「ブラボーーーーっ!」

「いや〜〜、若いってのはいーーっ」

「ほんとですな〜〜、私も昔を思いだしましたよーー」

「まさに青い春! 青春の1ページっ!!」

「光明っ! 先生は知らなかったぞっ、おまえがそんなに大胆な生徒だとはっ!」

等と口々に、その場の教員一同やら生徒の一人一人から、熱い祝福なんだか、からかい言葉なんだか
よくわからない言葉を投げかけられ、ミリーは今更ながらに己の置かれた状況に気がついた。

     「え!? え!? えええっ!?」

キョロキョロと困惑しながら周りを見渡す。

「ミリぃ〜〜〜、やるじゃない貴方っ! おめでとう!」

マリに視線を向けると、イキナリそんなことを言われてしまう。

     「あ、あ、あ、あ、あ、あたしぃぃぃぃ...」

見る見る内に顔をぶっしゅ〜〜っと真っ赤に蒸気させ、両頬を押えながら恥ずかしさの余り言葉を無くす。


     『やぁぁぁってもぉぉぉたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!?』

そして自己嫌悪。
心の中でガックリと膝をつきうなだれる。
この時彼女は、周りからかけられる声が、やたらと遠くに、そして切なく感じられたそうな。

「熱いねーー、お二人さーーん!」

「お幸にぃ〜〜〜!」

トドメとばかりに投げかけられた言葉に、彼女はとーとー耐えられなくなった。

     「しっ、失礼しますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

そう叫びながら、真っ赤な顔で一目散に職員室の扉から逃げ去っていく。

     ドドドドドドドドっ! ガチャっ! バーーーーーーーーン!

何故かその場の一同から”わっはっはっはっは!”っと大爆笑で見送りされてしまう。
当り前と言えば、当り前かもしんない。

「いやーー、実にえーもん見せてもらいましたなっ」

「私も帰ったら、久しぶりに女房に優しくしたくなりましたよっ」

等と余韻を残した職員室の雰囲気の中、一人ボ〜っとたたずむ彼。

     「.....(ほけ〜〜)」

そんな彼に向かって、先程まで話をしていた教員が肩を叩きつつ声をかける。

「おいおい、狼(ろう)〜〜っ、転入早々おまえもスミにおけんな〜〜っ、あのコは一年の中でも
 一番人気のあるコだぞぉ」

そう笑いながら彼に向かって告げる教員に、ゆっくりと重々しく振り向いた彼は..。


     「...俺、今なんていいました?」

限りなく惚けた表情で、そんなことをのたまう。

「..寝ボケてんのか、おまえは..(汗)」

まるでたった今、夢の中から還ってきたような素振りの彼の言動に、声をかけた教員は
額に汗を浮かべつつツッコミを入れた。

ぶっちゃけてゆーと...。

     彼は今、人生最高の困惑を味わっていたからである。

彼女の齎しめた言葉によるその衝撃と驚嘆は、彼の思考をハングさせるには充分な威力を持っていた。
しかし、さすがにそろそろ、その思考活動が再開の兆しを見せ始める。
”はて?..”と、少し訝しげに小首を傾げた後、彼は考え始めた。

     『...今、何が起きた?』

記憶を頼りに、先程起った己の思考能力と自我を、見事に吹っ飛ばした出来事の顛末を整理し始める。

『えーーーと、たしかあのコになんかいわれて..なんつったっけ?..あのコ』

     あたしと...

『あーー、そーーそーー、このヘンからなんか意識が...おぼろげになって』

     あたしとっ! つきあってくださいっ!!

『..つきあう? 誰と? って、あのコとか?....つきあうってなんだっ!?
 あれ? え?...と、当然この場合は男女間の交際のことを意味してるん...だよな?
 へ? え? ちょっとまてっ!? そん時俺はなんて答えたっ?!』

     ..............どゆこと?

『そーだった、そーだった! 当然聞き返すわなやっぱ.....にしても我ながら、なんつーマヌケな
 返事かえしてんだ俺はっ!?』

ゆっくりと記憶に残ったこれまでの経緯を、彼は必死に頭の中で理解しようと奮闘していた。

『んで、あのコは...たしか...』

     ヒトメボレなんですっ!! おねがいしますっ!!!

『ヒトメボレぇ!? ヒトメボレって誰にぃ?...って俺にか? なーーんだそっかーー..
 俺ぇっ!? なんでっ!? たった一度会っただけだぞっ!? しかもそん時俺寝てたし、まともに
 しゃべってなんかいねーーじゃんっ!?..あ、そっか、だからヒトメボレなのか、なーーるほど...』

思わず腕組をして”うんうん”と頷いてしまう彼。

『って、ナニ当り前のことに納得してんだ俺は...でも..近くで見ると結構かわいかったかな、あのコ』

不意に先程のミリーの和らかな笑顔が脳裏に浮かぶ。目尻に涙を浮かべつつも、本当に嬉しそうに
笑った彼女の微笑み。

     『..いや、かなりカワイかったかも』

自然と頬が緩む。

『いやいや、ちょっとまてっ..今はとりあえずそれは置いといて、問題はココで俺がなんて答えたかだっ!』

     ...俺でよければ

『.................................ナニがいーーんだ俺?
 あれ? え? よければぁ? ....まてまてまてまてまてまてまてっっっ!?』

途端に顔色を焦らせ、難しい顔をする。

『よし、ここは順序立てて考えてみよーーっ..つまりだ、あのコは俺にヒトメボレをしたっ、だから
 俺につきあって欲しいっ!? というワケなんだなっ..それに俺が、了承して答えた.....
 まぁ、大体こんなカンジなのか...なーーんだ、そんなにややこしいことでもないじゃないかっ!
 なにこんな簡単なことで、ウダウダ考え込んでんだっ俺はぁ、あっはっはっはーーーーーーーー....』

解けない公式が、やっと解けた..っと言った感じで晴れやかに心の中で爆笑する彼であったが
急に’え?”っと眉をひそめて表情を一変させると。

『...はい?』

頭の上に疑問府の”?”マーク。

「........」

一瞬の間。
そして、次の瞬間。

「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────」

     ガタンっ! ガタガタガタガタっっ! がっしゃぁぁぁーーーーーーーーん!!

「にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」

     パリーーーーーーーーン!! バサバサバサバサバサぁ〜〜!! ドドドドドドドドっっ!!!

絶叫。驚きとも喜びとも取れる、情けない叫び声が響き渡る。
その彼の全てを理解した絶叫により、ドリ○のコント調にワタワタとズッコける職員室の一同。
その叫びは、マヌケな程裏返っていた。おそらくこれ程ショッキングな出来事は、彼の人生でも
初めての事なのだろう。

「円先生...彼、今ごろ気がついたみたいですよ..」

マリの横に机を置く、同僚の女性教員がその様子を見やりながら、額に汗を張り付けつつ
マリに向かって声をかけると..。

「あっ、エリ〜〜、わたしわたしっ、今ね〜〜、スッゴイとこ見ちゃったのよぉ!?」

何やら興奮した様子で、携帯電話で誰かと会話するマリの姿が目に入った。
この一件以来、二人が”伝説の職員室カップル”として名を残すのは、まだ先の事である。が..。
在学中、二人がこの場所に足を運ぶのを極端に嫌がったのは言うまでもない。   









          ◇          ◇









「うわ〜〜ん! ハズカシかったよぉぉぉぉ」

その頃、当事者の一人である彼女は、校門横で壁に手をつきうなだれていた。
先程の自分の行動を思い出す程、彼女の顔が赤く染まっていっている。

「知らなかった..あたしって..信じられないコトするコなんだ..」

自分の事なのに、まるで他人事のよーな感想をつぶやきつつ、改めて認識をあらわにする。
昔から自分のドジっぽい所は知っていたつもりであったが、まさかココまでブっ飛んだ行動に
出たのは、彼女にとっても初めてのよーだった。まさに恋する乙女の成せる技であろう..。
一歩間違うと電波系だけど。

「でも...」

     ...俺でよければ

不意に彼の..彼女の好意に報いてくれた言葉が脳裏によぎる。

「オッケーしてもらえたんだ..」

噛み締める様に、その言葉を胸に抱き、彼女は..。

「んんん〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ...やったぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!」

一瞬身を縮めたかと思うと、その場で大きくぴょんっと飛び上がって喜びを現わす。
なんと言うか、その姿は運動会で一等賞をとった子供の様で微笑ましかった。

「よしっ! 今日もがんばってお手伝いするぞぉーーーーーっ!」

夢にまで見た彼とウマクいった事が、余程嬉しいのだろう。彼女はそのままスキップで鼻歌なんぞを歌いつつ
張り切って叔母の喫茶店の手伝いへと出かけていく。
気のせいか、通い慣れた道での風景が、彼女の目には昨日までとはまるっきり違って見える。

外界の事等まるで無関心、と言った感じのいつも見かける仏頂面の野良猫すら可愛く思えたり。

「ネコさーーん、こんにちわ〜〜」

普段はビビってワザワザ遠ざかる様に通り過ぎる、やたらと吠えマクるキレた犬のいる家。

     バウっ! バウっ! バウっ! バウっ! ワンワンワンワンワンっっ!!

「イヌさーーーん、今日も元気だね〜〜」

こんな感じで、全ての出来事が、今の彼女にとっては輝いて見える程
彼女は舞い上がっていた。

     『あの人と...あたしつきあえるんだぁ』

今更ながらに、彼女を包む幸な現実。

「そーすると..あの人が彼氏ってコトになるんだよね」

”彼氏”..昨日までは無味無感想だったハズのこの単語。よくクラスメートの話の中に出てくる単語。
彼女にとって、差ほど興味の対象に成りえなかった単語。
しかし、今の彼女には心の奥底をくすぐる、悦楽的印象を与えていた。

     彼 氏 ..

     な ん て 甘 美 な 響 き ! ?

両手を胸に添えて、瞳をうるうるさせながら、彼女は妙な感動を受けていた。

「もぉヤだぁ〜〜〜んっ、んにゃははははははははっ!!」

     チャカポコっ チャカポコっ チャカポコっ

彼女の恥ずかしさで憤った感情が、近くにあった薬局のイメージキャラクターの人形へとぶつけられる。
人形は、なんだかちょっと迷惑そうだった。真っ赤な顔でぽかぽかやっていた彼女であったが..。

「コラぁっ! うちのケロ○ンになにしとるんじゃぁ!?」

「ご、ごめんなさぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっっ!?」

店の中から出てきた薬局のオヤジに、えらい剣幕でどやされてしまう。
謝罪を告げつつ慌ててぴゅーーっと逃げ去る彼女を
呆れた様子のケ○ヨンが汗をかきつつ見送っていた。..ような気がした。









          ◇          ◇









「あ〜〜ビックリしたぁ..(ふぅ)」

叔母の経営する喫茶アトリエの前で、安堵のつぶやきをこぼす。
どうやら彼女は、ここまで全力で走ってきた様である。
ため息を一つついた後、元気よくドアベルを鳴らしながら店の扉を開け放つ。

     カランっ コローーンっ!

「たっだいまーーーっ、ごめんねエリ姉ーーーっ、すぐ着替えて手伝うからぁ」

「あ、おかえりーーー、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。今、ちょうど一段落したトコだから」

いつもより少し遅れてしまったミリーが、帰宅の挨拶を告げるとカウンター越しにエリが笑顔で迎えてくれる。
エリの言う通り、見渡すと珍しい事にお店の中には客が一人もいなかった。

「ほんと? よかった」

満面の笑みでそう答えながら、彼女は店の奥に位置する小部屋へと足を向ける。
いつもの様にお店を手伝う時に着る、ジーパンとトレーナーに着替える為だ。

「なんだか嬉しそうね..なにかいいことでもあったの?」

「へ? そ、そっかな? べ、別になんにもないよっ」

厨房の横にあるカーテンで仕切られた小部屋に入ろうとした時、何気にかけられるエリの鋭い言葉。
さすがは保護者と言った所であるが、ミリーの方は明らかに動揺していた。

「ふ〜〜ん」

「な、なんでもないったらぁ」

意味深な笑みを浮かべるエリから、逃げる様にそそくさと小部屋へと姿を消すミリー。
さすがに一連の出来事を叔母に伝えるのは、まだ恥ずかしいよーである。

『ふぅ..アブナイ、アブナイ..エリ姉意外と勘がいーんだよね、普段けっこうズレてるのに』

保護者に向かって失礼な事を心の中でのたまいつつ、ゴソゴソと着替え始める。

「そーいえばミリ〜〜」

コーヒーカップをきゅっきゅっと乾拭きしつつ、エリはカーテン越しのミリーに声をかける。

「なぁに〜〜?」

「貴方さっき学校で───」

「ん〜〜?」

     「男の子に告白したんだって?」

     がったーーーーーーーーーーん!? ドテっ ゴンっ

カーテンの向こうで着替えながらおざなりな返事を返していたミリーであったが
エリの言葉に激しくズッコけたよーだった。
シャっっと勢いよくカーテンが開かれ、真っ赤な顔したミリーが慌てて出てくる。

「どっ、どっ、どっ、どっ、どっ!?」

「どーして知ってのって?..マリ先輩から電話で教えてもらったの」

両手をグーにしながら、どもりマクって動揺するミリーに、にこりと告げるエリ。

     がっくし

     『あのヒトはもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

心の中で己の担任の理不尽さに涙しつつ、なんとか誤魔化そうと言い訳をする。

「ちちち、違うのエリ姉っ、あれはそのっ、ふ、深い事情があって、ちょ、ちょっと今説明できないんだけど
 あーなるまでに、いろいろ苦労とゆーか、なんとゆーか〜〜〜」

「わかったから..」

何を言いたいのかさっぱりわからないミリーの様子を見やりながら、エリはとりあえず
今気にすべき問題点を告げる。

「早く服着たら?..お客さんくるよ」

「へ?...」

エリの言葉に、我に返った彼女は、下を向いて自分の姿を確認する。
すると、スリットの下着姿のまま自分が店内に出てきてしまっている事に気がつくミリー。

「わきゃんっ!?」

途端に小さな可愛らしい悲鳴を上げ、小部屋の中に駆け込んでいく。
そんな姪の後姿を見送りつつ、エリは少しズレた感想を抱いていた。

     『また、大きくなってる..』

姪の身長以外の成長に着目しながら、ふと、自身の胸元に視線を向ける。

     『...もう、同じぐらいにまでなってるよぉ』

”はぁ..”っと深いため息を漏らしながら、落ち込む自分を誤魔化す様に、ミリーに向かって声をかけた。
気晴しに姪をからかう事にしたよーだった。

「ねぇ、ミリ〜〜、今度そのコ紹介してね」

「ええ〜〜っ!?」

カーテンの向こうから、素頓狂な声が上がる。

「あれ? 保護者として当然でしょ」

「で、でも、その..」

「で、どんな感じのコなの?」

「......」

「いーーじゃない、教えてよ」

「...か、かっこいーかな?」

「へーーーーっ」

「...それと、や、優しい人...だと思う」

観念したのか、エリの問いかけにオズオズと自分の抱いた想い人の印象を話出す。
エリにすれば、こんな姪の様子は初めての事である。年齢からすればもっと早くに
こんな話が出来ても可笑しくはない、彼女の境遇が、普通の少女とかけ離れた日常を送らせてしまっていると
日頃、気にかけていたエリにとって、この姪に訪れた変化は微笑ましくも嬉しい出来事であった。

「ふ〜〜ん、そーなんだぁ」

思わず顔をほころばせ、優しい声で相槌を返す。

「う、うん...」

「貴方のオメガネにかなったコだもんね、きっと素敵な男の子だよ」

「も、もぉ、エリ姉ったらぁ!?」

シャっとカーテンを開けて、ジーパンとトレーナーに着替えたミリーが
照れた様子でエプロンを羽織る。その様子に視線を向けつつ何気にエリが..。

「それで、なんて名前なの? そのコ?」

と聞いてみると。

「え?....」

「......」

「......」

たっぷり数秒、互いを見合った後。


     「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

     「ど、どーしたのっ、ミリ!?」

突然、大きな声を上げ、頭を抱えてヘタリ込むミリーに、びっくりしたエリが何事かと訊ねると。

「名前聞くの忘れちゃってたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「えっ?...」

「終わっっっっったぁぁぁ!? あたしの青春んんんんんん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「ミリ..貴方、名前も知らない男の子に告白したの(汗)」

がっくりとその場に膝をつき、”だう〜〜っ”っと涙する姪の姿を見やりながら
呆れた様子で、そう問いかけるのが精一杯なエリであった。
微笑ましくも嬉しい筈の、姪が迎えた初めての恋愛事は、さい先不安なスタートだった。









          ◇          ◇









その日の夜。
ミリーはなかなか寝つけないままベッドに横たわっていた。
いつもなら、とうに眠気がやってきて彼女の意識を心地よい夢の世界に誘ってくれる筈なのだが
今日に限って、その夢への案内人は一向に現われる気配はない。
それと言うのも彼女の心に重くのしかかる、彼についての不明瞭な行方のせいであった。

「はにゃぁ...」

ベッドに寝転んで、憂鬱そうに天井を眺める。
恥ずかしさの余り、うっかり彼の所在を確認しなかった自分自身に、落ち込みつつも何とかこれからの
動向を思案する。とは言え、名前すら聞いていなかったのだから、それすらうまく考えられない。

「....どーーしよぉ」

無意識に煮つまった思考を現わす様な言葉が、口をついて出てくる。
もしかすると2度と会えないかも、不意にそんな残酷な未来すら頭の中で形となって浮かんでくる。

「....そんなのイヤだよぉ」

一度抱いた不安が、どんどん彼女の胸に広がっていく。
心細くなってゆく心が、彼の存在をせつない程求めていくのが、自分でもわかる。
記憶の限りを振り絞り、彼と言う存在の全てを、彼女は必死に思い出す。

     今日.. 再会した時彼は 確かにそこに居たのだから

     彼女の目の前に ..確かに存在していた

彼女の記憶にくっきりと残っている。

     大人びた彼の笑顔 彼の困った様な顔 おどけた顔 びっくりした顔 とぼけて笑った顔

     子供っぽく怒った顔 考え込む様な難しい顔 嬉しそうな顔 すまなさそうな 神妙な顔

     一瞬だけ見せた 寂しそうな顔 そして 優しさがあふれてきそうな 彼の微笑み

どれもこれも、彼女の中に残っている彼の記憶。
再会したと言うだけで、これだけの彼の表情が彼女の中に刻まれていた。
彼女にとって大切な、とても大切な彼の存在の証。それを一つ一つまぶたに浮かべていくだけで
彼女の胸は高鳴り、締め付ける様に熱く熱を帯びてくる。
不意に彼女からつぶやかれる、心の底から望んでしまうただ一つの願い。


     「あいたいよぉ..」

目を開けると歪みゆく視界。頬の火照りと違う熱をその瞳にすら感じ始める。
大粒の涙が、彼女の瞳にあふれていた。


     あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい 

      あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい

       あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい あいたい 


     もう一度 あの人に あいたい っ

未璃阿ちゃん:自分のベッドの上


言葉にしてしまうと、その想いは募るばかりで彼女の胸を焦がしてゆく。


「うっ..うう..ひっく」

16歳の少女の心は、押し寄せる不安の波と、その身に宿る恋心の想いによって
押し潰されそうになっていた。

「うっく..だ、ダメだよあたしぃ、泣いちゃダメなんだからねっ」

     バフっ

ポロポロとあふれ出る涙を誤魔化す様に、枕に顔を埋める。

「おとーさんと、おかーさんに、約束したんだからっ...」

そう無理やり自分を叱咤し、勢いよくその身を起す。

     ガバっ

「すんっ...」

ごしごしと目尻に溜まった涙の跡を拭い去り、元気に自分の頬を両手でピシャリと挟み込んだ。

「う”〜〜〜〜〜〜〜〜っ、いったぁ〜〜〜〜〜〜〜..もぉぉぉ、涙でちゃったよぉ」

そう理由づけして、自分の心を奮い立たせる。
空元気でも、落ち込んでいるよりはマシなのだと、彼女は小さい頃から知っていた。

「あいたいんだったらっ、探せばいーーーんだよっ! 一度あえたんだもんっ、絶対またあえるよっ!」

そこまで自分を言い聞かせた時、彼女の脳裏に、一つの光明が見えたが気して
ふと、冷静に思考を巡らせて見る。

「..あれ? 学校であえたんだよね..じゃぁ〜あ、あの人のこと誰か知ってる人がいるかも?
 そ、そーだよね、もしかしたら転校生かも知れないし.............って、え?
 うっわ〜〜〜〜〜〜〜〜!? あたしってバカだぁ!? なんでこんな簡単なこと見落としてたんだろ!」

”またやってしまいましたー”っとばかりに、驚愕の表情で自分の頬を押える。

「さっそく明日っ、職員室にぃ────..」

と思い立って見たものの。ハタっと気がつく今日の出来事。


     い け る 訳 が な い ...

脳裏に浮かんだ結論が、”あうーっ”っと彼女をうつむかせる。
明日からその場所では、すっかり彼女は有名人。
そんな所にのこのこ出かけていった日には、教員一同からどれ程茶化されるか容易に想像できた。

「あたしってっ、どーしてこーなっちゃうのぉぉ? 誰か教えてよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

     バフっ バフっ バフっ

っと、枕をベットに叩きつけながら、己に振りかかる理不尽な運命に怒りをぶつけている。

「う〜〜っ」

     ポテっ ...

ひとしきり枕相手に、その怒りをぶつけ終わると、彼女は力なくベットに倒れ込んだ。
そして、知らず知らずに自分を追い詰めてゆく。

『なんでこんな目にあうのぉぉぉ〜〜...そーいえば、昔っからロクな目にあってないよーな気がするぅ』

思い起せば小さい頃から、自分は何か運命と言う物に弄ばれていたよーな覚えがある。
彼女は今更ながらに、自分の不遇さを再認識していたよーだった。
言っておくが、それは作者のせーではありません。..多分。

『そりゃぁ、あたしも肝心な時には、どっかヌケてたけどぉぉ〜〜、だからってソレと一緒に
 次から次へと、ヤなこと起きなくてもいーーじゃなぁいっっ!』

あー、えーと..。

『身長だって中等部にはいったら、急にのびなくなったしぃぃ(カンケーないかもしんないけど)
 なによもぉぉ〜〜、なんであたしばっかしぃぃぃ〜〜〜』

.....(汗)

『きっと..運命の神様はあたしのコトが嫌いなんだっ、そーだよっ! きっとそーなんだっ!
 あの時もそーだしっ、あの時だってっ、あの時だってっ、あの時だってっ、あの時だってぇぇぇぇ!!』

なんだか、どんどん過去に遡っていっているよーである。
彼女にしては珍しく、重度の落ち込み振りであった。..さっきと随分方向は違うよーだが。

『オマケに今度はコレぇ!? 人の初恋もてあそんでナニがおもしろいってゆーーーのよっっ!!』

し、知らない知らない..。

「う”ぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!」

八重歯生えてますね。
落ち込みから、いつの問にか機嫌の悪さに移行してしまっている。
不機嫌そうに唸り声を上げつつ、フルフルとその小柄な身体を奮わせていた彼女であったが..。


「にゅにゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!」

     ガバっっっっ! バスっっ!!

謎の叫びを上げながら、勢いよくその身を起したかと思うと、手にした枕を壁に向かって投げつける。
そしてそのままドスドスと窓に向かって歩き出した。

     カラカラカラカラっっ! ダンっっ!!

何を思ったのか、乱暴に窓を開け放ち、片足で窓ベリを激しく踏みつけながら夜空に向かって
腕を組んで中指を立てる。..っって、え!?。

「なによこのぉっっ!! ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっっ!!!」

み、ミっちゃんがキレたぁ!?

「見てなさいよぉっ! こんなコトで負けたりしないんだからねっっ!! ぜったい、ぜったいっ
 負けないんだからぁぁっ!! へっへぇぇーーーんだっっ!! おあいにくぅ〜〜〜〜っ!!!」

.....(激汗)

「かならずまたあうんだもんねぇぇ〜〜〜〜っ!! ジャマしたいんだったらやってみろぉぉーーー!!」

えー、あー、まー、その、なんと申しましょうか、どーやら恋する乙女と言うのは
こ、ここまで強くなれる..と言う見本なんでしょーかぁ?
ど、どーもこのコ、彼と出会って、当初のイメージが崩れてきております、ハイ(もとからのよーな気も)

「なんとかゆえぇぇーーーーっ!! コラっ運命の神様っ!! きいてるのかぁぁぁーーーーー!!
 悪いと思ったらっ、明日あわせてみなさいよぉぉーーーーーっ!!!」

彼女の憤りによる、夜空に向かっての悪態は、まだ続きそーだった。
何故か耳がイタイ。
しかしその時...。


     「....ミリ(汗)」

     びっっっくうっ!!

不意に背後からかけられたエリの呼び声で、その身を一瞬奮わせた彼女の身体が固まる。
片足を窓ベリにかけて、夜空に向かってファッ○ューなポーズのまんまで。

     「....なにやってるの貴方?」

     「....イヤ、その」

振り向かずに、身動き一つ出来ないまま、口頭部に汗を張り付けて返事をするミリー。
それは、エリも同じ様なものだった。まるで見てはいけない場面に出くわした様な心境だったのであろう。
深く詮索すらせず、さり気なく注意を促す。

     「もう夜もおそいから、ご近所に迷惑にならないよーーにね...」

     「う、うん...」

「おやすみ...」

「お、オヤスミナサ〜〜イ...」

     ばたん ..

そう就寝の挨拶を告げ、エリはドアを締める。
その時ドアの向こうの廊下から”感受性の強い年頃だもんねぇ..”等とエリの独り言が聞こえてくるのだが
彼女の耳には届いていなかった。


     「アハ..アハハハ.................ひぃ〜〜〜〜〜〜〜ん」

情けなさから乾いた笑いをこぼして涙するミリーに..”ワオーーーン”と言う街中の住宅地より
聞こえくる犬の遠吠えが、なんだか馬鹿にされた様に聞こえて、彼女は余計に悲しくなった。

結局その夜。
ベットに潜り込んだ彼女が眠りについたのは、夜空が紫色に染まり始める明け方の事だった。














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