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     朝。

予鈴間近の1年D組の教室では、今日に限って送れがちな級友を気にかける、モユの姿があった。
窓の向こうに視線を向けてじっと校門を見やる。伏せ目がちの瞳を、ふっと逸らし小さなため息をついた後
独り言の様につぶやいた。

「このぶんやと...あいつ、今日遅刻やな..」

「ミリーさん、遅いですのぉ」

背後からかけられた声に、モユが後を振り向くとベルが心配そうに立っていた。
さして気にした風もなく、モユは再び校門に視線を向ける。

「あいつのことや、ヘタしたらまだ寝てるんちゃうか?」

「い、いくらなんでも、それはないですのぉ〜〜...」

困った様子でモユの言葉を否定的に言っては見たものの、何やら急に”はう?..”と小首を捻って

「...かもしれませんの」

一変して、モユの意見に賛同するベル。

「どっちやねん..」

「でも、大丈夫ですの。きっとまにあいますのーー」

あきれながら問いかけるモユに
ニパっと笑って結論だけ簡潔に言うベル。その根拠は謎だった。

「ベル〜〜、あんた、あいつのドンクサさナメたらあかんで、朝にかんしてはウチのほーーが
 よーーしってんねんから..」

「そーなんですのぉ? でも、ミリーさん、2学期になってからは、まだ一度も遅刻してませんの」

「まだ2週間もたってないぃぃっ!」

彼女達の会話によると、ミリーがこう言う事態におちいるのは、さ程珍しい事ではないよーだった。

「でも大丈夫ですの。ぜったいまにあいますの」

「なんでっ、いーーきれんねんっ!?」

相変わらず謎の根拠を振りかざし、屈託なく言ってのけるベルに、業を煮やしたモユが言う。

「そこまでゆーーんやったらっ、いっちょ賭けよか?」

「はう?」

「亀屋のタイヤキでどやっ?」

「まにあいますの〜〜」

「..受けた..ととってえーーんやな?」

「まにあいますの〜〜」

「よっしゃっ! 後で知らんとかいーーなやっ!」

”もろたっ”っとばかりに、ほくそ笑むモユ。
彼女が時間を気にして、教室に備え付けてある時計に視線を向けた瞬間っ。

     キーーーーン コーーーーン カーーーーン コーーーーン

予鈴の鐘が鳴り響く。
ぶんっと音がしそうな程の勢いで、校門に視線を戻す。
見ると朝の担当の先生が、校門を閉ざすべくガラガラと重そうな鉄製の扉を引きずる姿が確認された。
一人、二人、まばらにその扉が閉まりきらない内に校庭に、慌てて駆け込んでくる生徒が見受けられたが
その中に、ミリーの姿はなかった。

「よっしゃあーーーー!!」

両手を激しく掲げてガッツポーズ。
そして、隣に並んだベルの肩にポンっと手をやり。

「残念やったなーーベルぅ、せやからゆーーたやろぉ? あいつはこーーゆーーヤツや」

勝利を確信し、ベルに向かって満面の笑みでそう告げる。
しかし、隣のベルが窓の外を小さく指差して、何かに気がつく様なリアクションで声をもらした。

「あ...」

「なんやぁ?」

何事かと同じく校門に視線を向けるモユ。
閉じゆくわずかな扉の隙間を縫って、一陣の風が抜け出していた。


     ゴンっ!

窓ガラスにオデコをぶつけるモユ。
風の正体はミリーだった。まるでゴールテープを身体できる短距離ランナーよろしく
両手を飛行機みたいに広げながら校門を駆け抜けた後、ゼハゼハとした息を整えている。

「まにあいましたの〜〜」

     「んなっ!? アホなぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜( ;▽/)/」

ヨシ○トアクションでヘンなポーズを決めた後、モユはがっくりと机にヘタリ込んだ。
そしてそのまま動かない。

「あのぉ...タイヤキぃ」

     ピク ..

オズオズとそうつぶやくベルの言葉を耳に入れ、モユはゆっくりと立ち上がり。

     「ちょっとまっとき...その話はあとや」

おもむろにごそごそとカバンの中からハリセンを取り出す。ちなみに口頭部には青筋なんかが
浮かんでいたりする。そして教室の入り口に歩より、腕捲りをしながら横の壁に背を向けて立つ。

     だっだっだっだっだっだっだっだっだっだっ

廊下の向こうからそんな足音が近づいてくる。
その音に合わせる様に、モユは眼前に掲げ上げたハリセンをぎゅっと握りなおす。


     ガラガラガラぁっ

「お、おはよぉ..(へぇ、へぇ)」

息をきらし力なく教室に入ってきたミリーに向かって。

     「まぎらわしいんじゃアホぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!」

     ズっっパーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!

     「へぶっっ!?」

理不尽な鉄槌が下された。
クリティカルな鼻っつらへのハリセンの一撃。のけ反る様にすっ転んだ後ミリーは..
パニックを起して痛がっていた。
遅刻を免れ安心した所に、このいわれのない一撃はたまったものではないだろう。

「ひっっはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜イっ!? なになになになになにっ、なんなのいったぃぃぃぃ!!!」

鼻を押えてヘタリ込むミリーの目の前に、モユが見下ろす様に立っていた。
待ち伏せしていた人物を理解すると、すぐ様立ち上がり抗議の叫び。

「あんたかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?( ><)/」

「やかましわっ! まぎらわしいマネしくさってっ、人ぉヤキモキさせんなぁぁぁぁーーーーーーーー!!」

「わかんないこコトゆぅぅぅなぁぁぁぁぁぁ!!」

「遅刻するんやったらっ、遅刻するっ! まにあうんやったらっ、まにあうでっっ
 もっとハッキリさせぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!」

「だからってっ、イキナリこれはヒドすぎぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「ヒドないっ! 学校帰りのタイヤキちゃんをっ、ゴハサンにするよーーなヤツには当然の報いやっっ!!」

ミリーの胸元を掴み上げ、えっらい剣幕で文句をたれるモユであったが、口が滑ってしまっていた。

「にゃ? タイヤキ?..」

「い、いや、なんでもあれへんっっ!」

意味がわからず不思議そうに見つめるミリーの視線を、サっとモユが逸らす。
しかし、いつの間にかモユの背後に立っていたベルが、制服の後をきゅっと掴んで。

「あのぉ...タイヤキぃ」

等と上目使いにオネダリしている。

「わかっとるわぁっっ!?」

首だけで振り向いてそう答える。
とりあえず今はその話を、大っぴらにする訳にはいかない様だった。

「こ、今回はこのへんでカンベンしといたるわ」

少し焦った様子でミリーを解放すると、そそくさとベルを引き連れ戻っていこうとする。
その姿を”んん〜〜〜?”っと眉をひそめて見送るミリーであったが..。

     『アヤシイ...』

心の中に降って涌いた疑問を確かめるべく、モユに揺さ振りをかける。

「タイヤキってナニ?..」

「え、えーーやん別にっ!?」

突然背後から一番聞かれたくない事を聞かれた為、ムキになってはぐらかす。
しかしそれが命トリだった。ジト目で睨まれ。

     「あんた達..まさかあたしでタイヤキ賭けてたんじゃないよねっ」

     ぎっっくぅぅっ!!

「......」

「......」

モユとベル、二人揃って動きが止まる。
立ち去っていこうとする格好で、口頭部に汗を張り付けお地蔵様と化す二人。

[...そーーなんだね?」

「......(汗)」

「......(汗)」

否定とも肯定とも取れる沈黙。
しかしさすがに長いつきあいである。ミリーは全てを察していた。

「信じらんなぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーいっ! あんた達それでも友達ぃ?!」


「ちゃ、ちゃうねん!? これはそのっ」

「ち、違いますのぉぉ〜〜、べ、ベルそんなことしてませんのぉぉ〜〜」


「ウソつくなぁぁっ! モユっ! あんたっ、あまつさえハライセにあたしに八つ当たりしたでしょっ!」


「そ、そーーやったかなぁ? む、昔のコトやからウチ忘れてもぉーーたわぁ〜〜」

「べ、ベルっ、ホントにそんなコトしてませんのぉぉ〜〜〜」


「二人とも同罪だよっっ! ヒドイよっ、二人してぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!」


「うわっ!? キタナっ! べ、ベルっ、あんたかてやったやないかぁーーーーっ!!」

「べ、ベルっ、ちゃんとお返事してませんのぉぉ〜〜〜」


「..ヒドイよぉぉ..」


「返事もナニもっ、きっちりタイヤキ催促しとったやないかぁぁぁぁーーーーっ!!」

「...忘れましたのぉ」


「...ヒド..うっ..ひっ..」


「ナニ人のマネしてんねぇぇーーーーんっ! オマエも同罪じゃぁっっ!!」

「ベル悪くありませんのぉ〜〜〜、モユさんがいいだしたんですのぉぉ〜〜〜」


「....うっく..ひっ..うぇ..」


「ウチだけ悪もんにすなぁっ!?」

「....ミリーさん?」

偽善チックにあくまで己の無罪を主張するベルであったが、最初にミリーの異変に気がつきその言葉を失う。

「..ミリ?」

同じ様にモユもその異変に気がついた。

     「...うう..うっく」

二人が揃って視線を向け、ミリーの姿を見た瞬間驚愕した。
そこには、大きくしゃくり上げる様に嗚咽を漏らし、両手で顔を隠して必死に涙を堪える
親友の姿があったから..。
初めてだった、この親友が泣き顔と言うものを自分達の前で見せる姿は..
だからこそ二人は驚いたっ、いつもならこの程度の事で彼女が涙を見せる筈はない
笑って済ませてしまう程彼女は強い筈だった。その小柄な身体からは信じられない程、芯のしっかりしたコ。
何があっても、いつでも笑っている様な..そんなコの筈っだ。

     「..あれ?..ひっ..オカシイね..あたし..うっく..」

掌に流れ落ちゆく自分の涙を、不思議そうに彼女は見つめていた。
自分でもわからないと言った感じで。

「み、ミリっ!?」

「み、ミリーさんっ!?」

余の出来事に我を忘れていた二人が、慌てて駆けよる。

「ど、どないしてんミリっ」

「ミリーさんっ、だ、大丈夫ですのっ」

     「なんでも..ひっ..ないよぉ」

「なんでもないことないやろっ!」

「...ミリィ..さん」


     「なんでもないったらぁっっ!?」

     ガラガラガラガラっっ だっだっだっだっだっだっ

そう言い残して、ミリーはその場を走り去ってしまった。
教室から出ていく親友の小柄な後姿が、いつもより小さく小さく感じてしまい、二人はすぐに
後を追う事すらできなかった。
そんな二人に、一部始終を見ていたクラスメートの数人の男子から、非難の声が上げる。

「三星とオハラさんがっ、光明さん泣かせやがったーーー!」

「三星ーーーっ! いくらなんでもアレはひどいだろっ!」

「光明さん、イジメすぎだよオマエーーーー!」

「そうそう、いつも光明さんが笑ってゆるしてくれてるからって、調子にノリすぎなんだよっ!」

普段目立たない様にしていた、ミリーの信望者がここぞとばかりに罵声を浴びせる。

     がっ...

     「やかましわっっっ!! ちょっと黙っとれっっっ!!!!」

     しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん

ものすごい迫力のモユの一喝に、逆にその口を塞がれる。
彼女を怒らせると、どれ程恐ろしいか、この半年の間にクラスの男子は嫌と言う程身にしみてわかっていた。
だからこそ、ミリーの傍につね一緒にモユが居たので、誰も彼女に近づけなかったのである。

しかし実の所、この状況に一番ショックを受けていたのはモユ本人であった。

「なんやねんアイツ..いつもやったら、こんぐらい笑てすましとったやん...なんで..
 なんであないなんねん..」

「ミリさんっ、泣いちゃいましたのぉぉぉぉ」

自分の犯した過ちの大きさに、困惑するモユの隣でベルが切羽詰まった様に声をかける。

「急ぎますのっ、早くミリーさんにあやまらないとダメですのぉぉぉぉ」

「そ、そやなっ」

ベソをかきつつ急がすベルに、頷いて足早にミリーの後を追いかけ様とした時。

「はーーーい、おっはよーー、みんなっ」

担任であるマリが入れ替わりで教室に入ってくる。
ついでとばかりに、擦れ違い様に二人が揃って声をかける。

「センセー、ウチ気分悪い、ちょっと休んできますーーー!」

「ベルもですのーー!」

「え?..あらそう............って、ちょっとぉ、二人ともぉぉぉーーーーーー!?」

急に告げられ、一瞬理解するのが遅れてしまったマリが、気がついて呼び止めた頃には
二人揃って廊下の突き当たりから姿を消してしまう所だった。









          ◇          ◇









「やっぱりここにおった..」


高等部の校舎の屋上で、モユはミリーを見つける。
でもその後姿は、さっきと同じ様に見た目以上に小さく、そしてとてもか弱い印象だった。
屋上にあるベンチに、膝を抱えて座る彼女の姿は、どこかいじらしく感じてしまい
思わず声をかけるのをためらう。

涼しげな風が屋上の床を滑り抜けていく。その風に後押しされるようにモユが話かける

「み、ミリっ..あ、あのなっ」

その声にピクリと反応した彼女が、一言ぽつりとつぶやいた。

     「平気...」

「え?..」

     「もう大丈夫だよ」

いつもと変わらない明るい声。でもそれが余計にモユには辛く感じた。

     「よっと..」

そんなかけ声を小さく上げて、元気に立ち上がる。
そしてくるっと振り返り。

「ごめんねっ、心配させちゃって、びっくりしたよね」

にっこりと屈託なく笑う。
その笑顔を見た瞬間、モユは今日初めてこの親友の身に降りかかる唯ならぬ出来事に気がついた。
いつも浮かべるあの笑顔は、あの太陽の様なこぼれる笑顔は、見る陰もなくやつれ弱々しかった
遅刻しそうになる程である、おそらく彼女はここ最近、睡眠と言う物をまともに取れなかったのであろう
瞳の下に出来たクマがそれを如実に現わしている、そしてさっきの泣き顔、いつもなら、すねる様に笑って
許してくれる筈なのに、ポロポロと涙を流して立ちすくんでいた。明らかに彼女の情緒が不安定に
なっている証拠だった。その全てを察した時、モユは自分の事が許せなくなった。
親友の事に、どうして今まで気がついてやれなかったのか...そんな自分に無性に腹が立った。

「ミリ...ごめん、ごめんなっ..」

「も、モユ? ど、どーしたのぉ」

気がつくと彼女は、ミリーを力いっぱい抱きしめていた。
戸惑う様にモユの名を呼ぶ親友に、すまなさそうに高ぶった声で謝り続ける。

「..なんで、なんで気ーーつかんかったんやろっ.....
 なんで、わかれへんかったんやろっ...ウチアホやわぁ...ごめんっ..ほんまにごめんやでっ」

「モユ...」

「なんかあったんやろっミリっ、あんたがそないなるなんてっ、よっぽどなんやろっ」

「.....」

「そやのにウチっ..いつもみたいにアホやって、あんたのことに気ぃついてやれんかった...
 ほんま..ほんまにアホやわ..ウチ」

ミリーは伏せる様に瞳を和らげ、モユの背中に腕を回して言葉を紡ぐ。
本気で心配してくれるモユの姿が、たまらなく嬉しかった。

「いーーんだよ、モユはなんにも悪くないもん。あたし.今日ちょっとヘンだったね..ごめんね」

そう言って、嬉しそうにモユの胸元に顔を埋める。
だけど、そんな姿がモユには辛かった。

「なぁミリ..ウチ、そないに頼りになれへんか、なんでそないやって、なんでも一人でため込みよんねん
 ...ゆいーーやっ..ウチにぐらいゆぅてもえーーやろぉ?」

「..モユ..」

「ガマンしなや..ウチでよかったらなんぼでも聞いたるっ、なんぼでもたすけたるからっ!..なっ」

「...ありがとう、モユ」

顔を上げたミリーが、目尻に涙を溜めながら微笑んでそう答える。
それに答える様にモユも自然と笑顔を浮かべる。

「そんぐらい当り前やろ、ウチはあんたのツレやねんでぇ」

「うん..うん..」

嬉しい涙が自然と溢れてくるのを堪えながら、ミリーは何度も頷いた。

「なんやあんた..今日泣いてばっしやで、ほらっ、顔見せてみーーーっ」

”あーあ、もぉ〜”とか言いながら、笑顔でミリーの目尻に溜まった涙を指で拭ってあげている。

「しっかし、ひっどい顔やなー、目のトコ、クマまででけとるし」

「ふぐぅ..み、見ないでよぉ..」

恥ずかしそうにうつむく。そんなミリーに優しく顔を上げさせ。

「オマケに鼻つら、赤こぉさせて..」

「それはモユのせーだよぉぉ〜〜」

「そやったわ...ごめんごめん」

「もぉ..」

     ぷっ

「あはは」

「えへへ」

お互いを見合った後、自然と笑いが込み上げる。
屋上に吹く和らかい風が...優しく二人の間を通り過ぎていった。


     「ミリぃぃざぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

ひとしきり二人で笑い合っていた所に、そんな感極まったベルの声が投げかけられる。
どーやら校舎の中を探しまわって、ここに辿りついたのだろう。呼ばれてミリーが振り返りながら..。


「あっ、ベル..ごめんね心配させちゃ────」



     「ざがぢまぢたのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!( TT)//」

     どがっ!!

     「ぐっ..」

彼女が”ってー”の部分を言い終わらない内に、ものすごい勢いで走りよってきた
ベルの泣きべそタックルが彼女の側面から襲いかかっていた。
その際、なんだかちょっとデンジャーなグゴっと言う、鈍い音が彼女の腰椎から漏れる。

「ごめんなさいですのぉぉ〜〜! ごめんなさいですのぉぉぉ〜〜〜!」


気を緩めた状態でのこの一撃は、かなり効いたらしい。
不自然に身体をくの字に折れ曲げさせ、苦悶の表情を浮かべるミリー。
そんなミリーに気がつかないベルは、腰にすがりついたまま、がっくんがっくんと
彼女の身体を揺さぶり続ける。

「....」

「ごめんなさいですのぉぉ〜〜! ごめんなさいですのぉぉぉ〜〜〜!(がくがく)」

「..や..め..て..」

「ごめんなさいですのぉぉ〜〜! ごめんなさいですのぉぉぉ〜〜〜!(がくがく)」

「..ゆ..ら..し..ちゃ..ダ..メ..」

身体を折曲げ成すがままになりつつも、苦しそうにとぎれとぎれに嫌がった言葉を紡いでいる。
さすがに見かねたモユが、ベルをひょいっと無言で引き剥がし一言つぶやく。

「ベル..やめたれ(汗)」

「はうぅ?」

先程と変わらぬポーズの、身体をくの字にして脂汗をダラダラ流し身悶えるミリーに
モユが気の毒そーに、汗を張り付け問いかけた。

     「イケるか?..ミリ」

「..ダイ..ジョーブぅ」

腰に手を当て、ギギギっと振り向き。

     「じゃ..ないかもぉ」

心底苦しそーーにっ、ミリーは”だう〜〜っ”っと涙を受かべてそう答えた。
その様子を見やったモユが、隣のベルの頭をコツンっと叩いて。

「ベル...次から加減したれ..」

「はううぅぅ..」

なんだかさっきまでの暖かな雰囲気が、ベルの登場でいつもの様にオッペケに変わってしまっていた。
その後、べそをかいて謝るベルを二人で宥めすかして教室に戻ると、青筋を浮かべて仁王立ちする
マリに迎えられてしまい、3人仲良く廊下に立たされる事になった。









          ◇          ◇









     キーーーーン コーーーーン カーーーーン コーーーーン

4時関目終了の鐘がお昼休みを告げる。
机の上に広げていた教科書とノートを片付けながら、茜屋 ティリム バレンシアは
一人のクラスメートの女生徒に視線を向けていた。
朝から様子の可笑しいその女生徒は、授業中何度もあくびを漏らし、時にはコクリコクリと船を漕ぎ
担当の教員から何度か注意を受けていた。


     『なにか....あったのかしら?』

今も眠そうにフニフニとした表情を浮かべ、のそのそと教科書を終う彼女に、思わず心配そうに視線を
向けてしまう。しかし、そんな自分自身に気がついた彼女は、少しだけ頭を振って心の中で一人語ちる。

     『ば、バカバカしいっ、どうしてわたくしが、光明さんを気にしなくてはならないのっ』

小さくため息をついた後、まるで内に涌いた認めたくない何かを振り切る様に、おもむろに立ち上がり
教室から出ていこうとする。入り口の所で振り返ってもう一度ミリーを見やると、いつものごとく
彼女の友人である、がさつな関西弁をしゃべる少女と、育ちの良い金髪の少女が彼女のもとへと
昼食を取るべく集まってきていた。
”フ、フン..”っと一瞬だけ戸惑った表情で鼻を鳴らして彼女はそのまま教室を去ろうとした。

しかしその時..。

     「あっ、ちょっと、すいません」

教室を出た彼女に、背後から突然そんな声がかかった。
声からすると男子生徒と見受けられた。煩わしそうに彼女は”またですの?..”と心の中でつぶやいて
ゆっくりと振り返る。国際的な容姿と茜屋グループ御令嬢と言う立場のせいか、彼女にこうした見知らぬ
男子生徒が声をかけてくるのは、差ほど珍しい事ではなかった。大概が事業家2世のボンボン連中が
下心で近づいてくるので、彼女はすでにこの手の出来事にうんざりしていたのである。

「なんですの?」

振り向いた彼女が、いつものごとく追い払うべく威圧的な態度で接しようと顔を向けた時。

     「!?」


    彼女の時が止まる と同時にその人物の背後にピンク色の点描バックが展開される。

    ひと目で 彼女は視線を その人物に釘付けにされていた。

    大人びた雰囲気で微笑みを浮かべ、その人物は彼女の前に立っている。


    『だ、誰ですの? この人?!』

早い話..彼女にとって、めちゃくちゃタイプだったらしい。
身体に電流が流れる様な衝撃が、彼女を襲っていた。彼女にとって、こんな事は初めてであった。

「わわわわ、わたくしに、ナニかごよーーー?っ」

なんとか自身の動揺を悟られないように、着飾った言葉で返答を返す。しかし見事に演技ミス。
ひっくり返った声で、ドモリ捲ってしまっている。

「えーーと...君ここのクラスだよね?」

「そそそそ、そーーですけどっ!」

彼女の頭の中で、混乱しながらも妙な期待感が渦巻いていた。

『えぇ!? そんなもしかしてこの方!? わ、わたくしにっ!? だ、ダメですわっ、イキナリそんな
 申し出は困りますわっっ.....でも、な、なんて素敵なヒトなのかしらっ!』

別に絶世の美男子と言う訳でもないのだが、どちらかと言うと男前と言った感じの
優しさと逞しさを感じさせる彼の笑顔に、彼女は心を奪われた。

「ちょっと聞きたいんだけど」

気さくに彼が問いかける。

「はははは、ハイっ、ナンデショーー?!」


     「このクラスに、光明、未璃阿ってコがいるよね?」

しかし彼の言葉は、期待とは大きくかけ離れたものだった。
一瞬、意味がわからず”はい?..”っと表情を惚けさせる。

「...光明..さん?」

「うん、そー...このクラスにいるでしょ?」

「...ええ」

「悪いんだけど、ちょっと呼んできてもらえないかな?」

彼にそう頼まれ、よろよろと足をよろめかせ
夢遊病者の様に無言で頷いて、彼女は教室に戻っていった。


『どうしてこの人が光明さんをっ、どうしてこの人が光明さんをっ、どうしてこの人が光明さんをっ
  どうしてこの人が光明さんをっ、どうしてこの人が光明さんをっ、どうしてこの人が光明さんをっ
   どうしてこの人が光明さんをっ、どうしてこの人が光明さんをっ、どうしてこの人が光明さんをっ』


何やら憤った疑問が、彼女の頭の中でループ状に固定されてしまっていた。
リセットのかからない状態のまま、楽しげに談笑しているミリー達にツカツカと歩よっていく。

「ミリっ、今日どないするー? ひさびさに学食いくか?...いろいろ話もあるしーー」

「ふぁ...あんまり食欲ないよぉ」

「ちゃんと、食べたほうがいーーですのぉ」

等と今だに眠そうにしてるミリーを囲んで、お昼御飯の相談をしていた彼女達であったが
イキナリ現われたティリムにより、その言葉が途切れた。


     バンっっ!!

     「どぉぉゆぅぅコトですのっっ!?」

ミリーの机を激しく叩きつけ、そんな、ワケのわからないコトを言う。
どーやらまだ思考にリセットがかかっていなかったよーーだ。

「にゃ、にゃ”?..」

急にただならぬ剣幕で、ティリムに問いかけられ、きょっとんと困惑した表情で惚けるミリー。
余りの事にビックリしたのか、ちょっと後ずさる格好で固まっている。

「はう? よかったらティリムさんもご一緒に、お昼ごはん食べますの〜〜〜」

「なんやねんイキナリ!? ナニからんできてねんっ」


     「.....(ハっ!?)」

二人の言葉に我に返ったティリムが、慌てて誤魔化す様にそっぽを向いて言い放つ。

「な、なんでもありませんわっ!?」

「なんでもないのに、からむんかアンタ?」

モユのツッコミを、素知らぬ顔で受け流し、用件だけを簡潔に伝える。
多分に心中渦巻く所があったのだが、何分場が悪いのでここは堪える事にした様だ。

「光明さん...貴方にお客さまですわよ..」

そう告げて、教室の入り口を指差す。
とても不満そーだった。

「お、お客ぅ?...」

言われて困惑しつつも、ミリーは入り口へ視線を向ける。


     「!?」

     がたんっっっ

頭より先に身体が動いてしまっていた。驚いた様な表情で立ち上がり、教室の入り口を見やる。
彼女の視線の先には、あれ程想い焦がれた彼が、片手を上げて”よっ”っとばかりにジェスチャーで
挨拶する姿があったのだ。

「どないしてんミリ?..」

「はう? どーーかしましたのぉミリぃさぁん?」

「あ、貴方のお知り合い?...よ、よかったら、お聞かせ願いませんコト?」

と、その場の3人が彼女に向かって、それそれ怪訝な言葉をかけているのだが、彼女にすれば
それ所ではなかった。無言のまま彼に向かって駄兎のごとく一直線に駆け出した。


     だだだだっ ゴスっ

「ふぐっ」

     がん ドンっ

「いったぁっ、はにゃっ、ご、ごめん」

     がたがたがた ベチっっ

「あうっ」

余程慌てたのか、机やらクラスメートやらにぶつかりながら、彼の元へと辿りつき
その足元で見事にスっ転ぶ。しかし、それでもなんとかすぐ様立ち上がり、ビシっと敬礼なんぞを決めつつ。

     「こ、光明、未璃阿っ! た、ただいま参りましたっっ!(ゼェ、ゼェ)」

息も荒気に、そんな事を言う。なんだかちょっとボロボロだった。
一連の彼女の行動を目のあたりにしていた彼が、額に汗を浮かべつつ、あきれる様にぽつりと言う。

     「...いや、そんな慌てなくても、俺にげたりしないから(汗)」

「だ、だってぇぇ〜〜!?」

彼の言葉にすねる様に反論する。

「最初にあった時、いなくなっちゃったからぁぁ...」

「そ、そーーだったな...悪かったよ(;^^)」

”やれやれ”と言った感じで一息ついた彼が、少し周りを見渡した後。

「今時間あるかな? ちょっと話があるんだけど」

にっこり笑ってそう告げてきた。

「あ、ありますありますっ!? ぜんぜんありますっ!」

「そ、そぉ..」

首をぶんぶんと勢いよく振り、コクコクと頷く。
その意気込みにちょっと彼は引きそうになりつつも、彼女に優しく問いかけた。

「ここじゃなんだし、場所かえようか?」

「う、うんっ」

恥ずかしそうに頷く。
二人揃って教室を後にしよーとしたその時。

     ムンズっ

彼女の首根っこを背後から掴む人物が、興味津々で問いかける。

「まてや..ちょっとぐらい説明あっても、えーーんちゃうかぁ?」

振り向くと、にんまり笑った、と言うよりニヤぁっと笑ったモユが立っていた。

「アハ..アハハ」

なんだかイヤな予感に襲われるミリー。自然と浮かぶ乾いた愛想笑い。
そんなミリーをズルズル引きずる様に連行しつつ、彼に向かって”ちょっとスンマヘーン”と声をかけ
教室の最深部である窓際にあるミリーの席へ戻っていくモユ。
多少ミリーが抵抗して暴れていたがカンケーない様だった。
彼は..そんな光景をあっけに取られて見送るしかなかった。

「ちょっとぉぉぉぉ!?」

自分の席に連れ戻され、抗議の声。
しかしそんな彼女の声等お構いなしに、モユが彼女の首に腕を巻きつけ声を潜めて言う。

「誰やねんあの男前!? あんたがここんとこヘンやったんは、あのにーちゃんに関係しとるんやろっ?」

「か、カンケーって!? そ、そんな、そのっ、あのっ(ボっ)」

「ナニ深読みしとんねんっ!?...ただ、どーゆー知り合いなんか聞きたいだけや」

「ど、どぉって...えっと、その」

「ふんふんっ?」

モユは心底興味が涌いていた、この親友にこれ程浮いた話が転がり込む等初めての事である。
彼女にモーションをかける男子生徒は少なくないが、それら全てを困った様に断わっていた彼女が
これ程懸命な姿を見せると言う事実に、モユは少なからずの驚きを感じていたからである。
彼女自身のここ最近の様子からして
これが彼女にとって、本気の恋愛事である事は容易に見て取れた。食い入る様に彼女の言葉に耳を傾ける。
それはその場にいた、ベルとティリム..教室に居るクラスメートも同様だった。
彼女の言葉を聞き漏らすまいと、耳をダンボにして固唾を飲む。

     「か....彼氏カナ?(ポ)」

恥ずかしそうに頬を染めてうつむく。

     ちゅっっどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!

ミリーの言葉に、一部の男子生徒の中に爆発が起きる。と思ったら、次の瞬間嗚咽を漏らす面々。
女生徒に至っては一斉に”キャー!?”とか小さく悲鳴を上げた後、ひそひそと小声で話す様子が伺えた。

「も、もぉい〜〜でしょぉっ、あ、あたしいくねっ」

なんだが気恥ずかしい雰囲気に、ミリーはそそくさと教室から出ていく。
後に残された、ポカーンと口を開けた3人。
しばらくそのまま惚けていたのだが、不意にモユが表情を変えないまま隣のベルに話しかける。

「なぁベル...あいつ今、ヘンなことゆーーてなかったか?」

「たしか、彼氏とかぁ...ゆってましたのぉ」

「さよかぁ、ほんならウチの聞きまちがいとちゃうんやな〜〜〜.....なんやてぇっ!?」

「はう?」

     「ちょぉまったれやっ!?」

     「(ビクっ)...(‥;/)/」

ガラの悪い驚愕の叫びを上げるモユから、後ずさるよーにビビるベル。
そしてそのまま、何やらぶつぶつと独り言をつぶやくモユを見ながら、ベルは無言で汗を流す。

「彼氏?! 彼氏やてっ! ナニ我がだけいつのまにそんなんこさえとんねんっ! 一言ぐらいあっても
 えーーんちゃうかぁ! 普段”えーそんなのまだ早いよぉ”とか抜かしとったクセしてっ、しかも
 なんやねんあのニーチャンはぁ! くそぉ!? チラっとしか見てないけど結構えーー男やんかっ!」

「....(汗)」

「なんじゃいそりゃぁ!? どーーーゆーーこっちゃぁ!! こんのぉぉ〜〜〜やぁろぉ〜〜〜おぉ♪」

「....(激汗)」

やたらとハイテンションな謎の歌を、シマイには口ずさむモユを見ながら、ひたすら汗を流す。
そして何気に後から漂って来る、異様な空気を感じて取って振り返ると..。

「そんなのウソですわっ!? ウソに決まってますわっ!? ウソですわよねっ!?」

似た様な状態のティリムの姿が目に入った。
こちらは机に平伏し、何やらしきりに自分に言い聞かせてるみたいである。

「はうぅぅ」

なんだか二人揃って壊れていくよーに感じたベルは、どうする事も出来きないまま
困った様に大きなため息をついてうなだれていた。





...Bパートへ続く






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