ザトウクジラ

太地浦鯨方成立の概略

熊野で捕鯨が始まったのは、慶長11年(1606年)に太地浦の郷士、和田忠兵衛頼元泉州(大阪府)堺の住人伊右衛門と、尾州(愛知県)知多・師崎(もろざき)の伝次と計画して、行ったのが最初でした。

この頃は近づいた鯨を銛で突いて仕止めるという、突き取り捕鯨法でした。でも、鯨のほとんどは死ぬと沈んでしまうため、そのタイミングが難しいところがありました。つまり、死ぬ間際に鯨を2隻の船の間にに引き寄せて、丸太棒を渡して、それに鯨をロープで結んで運んだのです。

しかし、和田忠兵衛頼元の頃には技術力が十分ではなかったため、捕鯨は2年で中断しました。(昭和7年刊 和歌山県東牟婁郡捕鯨沿革)