ぽかぽかと暖かな9月の日差しが照りつける校舎の屋上で
二人は無言で、片隅に備え付けられたベンチに腰を下ろして座っていた。
教室を出てから、ここに辿りつくまで終始こんな感じである。
互いに何をしゃべるでなく、ずっと無言のまま、微妙な距離をとって座っていた。
屋上を囲む柵の向こうの風景を、ぼ〜っと眺めて見やる彼に視線を向けると
その端正な横顔がすぐ近くにある。ただ、それだけで..彼女は胸がいっぱいになってくる。
話したい事聞きたい事がいっぱいあった、でも何故だろう、今こうして居るだけで
彼女は例え様もない安堵感に包まれている。昨夜あれ程不安に襲われていたと言うのに
彼がこうして傍に居る、ただ、それだけなのに..それがたまらなく嬉しい。
そんな余韻に浸りながら、彼の横顔をほわ〜っと眺めていた彼女であったが、その視線に気がついた彼が
何気にこちらに顔を向ける。
「ん?..」
「!?」
その視線に気恥ずかさを感じて、ワタワタとうつむく。照れているのか、少し顔が赤かった。
そんな彼女にわずかに微笑んで、また柵の向こうに視線を戻す彼。
なんだか暖かくも平和な空気が、二人の間に漂っていた。
『え、えーーと、な、なにかしゃべんなきゃっ..』
そう思い彼女がもう一度彼に視線を戻す。よく見ると頭に巻かれた包帯が彼女の目に留まり
出会った時の事が思い出される。自分を救けようとして負ってしまった傷。
そう思った時には、彼女の口をついて出てしまっていた彼の身を心配する言葉。
「あ、あの、頭のケガ..大丈夫ぅ?」
彼女の言葉に、先程の様に足を組んで頬杖をつき、ぼ〜っと柵の向こうを眺めやる彼が
さも関心なさ気につぶやく。
「4針ぬったからな..」
「4針っっ!?」
声を荒げて驚く彼女の言葉に、びっくりした彼が慌てて振り向く。
「な、なんだよ急にデカイ声だして!?」
そう言いながら彼女に視線を向けると、本当に心配そうに見つめる彼女の顔がすぐ近くにあった。
「..ごめんね..いたかったでしょ」
申し訳なさそうに悲しい顔で、優しく彼の頭に巻かれた包帯を指でなぞる。
「あ、あんたがそんな顔することねーだろー」
「...だって」
彼女の手から逃げる様に身を離し、ぶっきらぼうに言う。
それを心配そうに見つめる彼女を見やった後、彼はそっぽを向いてぼそりとつぶやいた。
「もう治った」
「え?...」
「治ったんだよ、だからそんな顔すんな」
いくら何でも4針もの包縫を必要とした裂傷が、4〜5日程度で治る訳がない。
念を押す様に繰り返す彼の言葉を、疑問に思った彼女は問いかける。
「で、でも..包帯まいてるよ」
「気にいったから..バンダナがわりにまいてんだ」
不思議そうに言う彼女に向かって、相変わらず素っ気なくそっぽを向いた彼が答える。
不器用ではあったが、彼なりに”気にするな”と言いたいのであろう。
そんな彼の優しさに気がついた彼女の口元に笑みがこぼれる。
そのままニコニコと笑顔を浮かべ彼の事を見つめてしまう。
「なにヘラヘラしてんの?」
「へ、ヘラヘラなんかしてないよぉ!?」
彼女の様子に気がついた彼が、そんなからかう様な言葉をかけてくる。
慌てて彼女は自分の両頬を押えて取り繕う。
「それに、今日なんだか元気ないな..顔色も悪いし..なんかあったのか?」
不意に、そんな心配する様な声をかけられ言葉に詰まる。
まさか”あなたを想ってやつれてしまいました”等と、言う訳にもいかず、彼女はますます口ごもる。
「そ、そ、そんなコトないよっ、えと、その..」
「ほら、なんか様子おかしいし..昨日あんなに元気だったクセして」
「そ、そーーだったかな..」
「おう。すごいいきおいで、俺につっかかってたじゃねーーか」
「あ、あたし別に、つっかかってなんかないよぉっ!」
「いやいや、俺、胸ぐらつかまれた時はどーーしよーーかと思ったぞ」
「そんなコトしてないでしょぉっっ!?」
「もう少しで、サイフ差しだすトコだったな」
「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!?」
身に覚えのない事を言われ、”コラー!”っとばかりに彼に詰めよる。
そんな彼女に..。
「冗談だって、でも、ちょっとは調子でてきたみたいだな」
にんまり笑って言う。
「も、もぉ〜〜」
毒気を抜かれた彼女は、あきれる様に座り込んだ。
やり方はヘンでも元気づけよーとしてくれた、彼の気持ちがわかるだけに文句を言う気も失せてしまう。
しばらく笑っていた彼であったが、急に真剣な表情に一変すると。
「それで..昨日の話なんだけど」
「き、昨日って?」
「..アレって本気なのか?」
「え?..」
「い、いや、だから..俺とその..つきあって欲しいとかゆう...」
言いにくそうに、言葉をとぎる。視線を逸らし、困った様な彼の態度に
彼女は急に不安に襲われ、悲しそうな顔で伏せ目がちに訊ねる。
「もしかして..迷惑だった?」
今にも泣き出しそうな顔で訊ねる彼女に、慌てて彼が弁明する。
「いや! そんなコタぁない! た、ただちょっと、今だに信じられなくてだな〜〜
なんてゆーーか、俺、女の子から、あんなコトゆわれたの初めてだったし〜〜、あーー、そのなんだ..」
言葉に詰まる彼に向かって、自分を指差してミリーは明るく答えた。
「あたしも、ゆーのは初めて〜〜」
がたっっ
その言葉に少しコケつつ、彼女の顔をマジマジと見やる彼。
そして、あきれる様に言う。
「ナニ考えてんだオマエはっ」
「なにがぁ?..」
「初めてで見ず知らずのオトコに、んなコトゆーーか普通?」
「だって..」
「だってじゃないだろー!? だいたい俺のコトなんか、なんにも知らないだろぉ? それでどーーして
あーーなるんだぁ? なんか間違ってるぞ絶対っ!?」
「わ、わかるもんっ!?」
「ウソばっか」
「ウソじゃないもん!?」
「俺なんかの、ドコがいーーーってんだよ」
「全部だもんっっ!?」
話しにならない。彼は少しそんな感覚を受け、彼女の真意を確かめ様と疑問に思った事を口にする。
彼自身、どうもこう言うケースは初めての事であり、彼女の好意に半信半疑だったのだ。
育った環境のせいか昔から女性が苦手で、彼には自信どころか自覚すら持てなかった。
「あのさぁ、もしからかい半分なら、今のうちに正直にいってくんないかな?..」
「!?」
がたんっっ!!
彼の言葉に勢いよく立ち上がり、涙を浮かべて睨みつける。
そして..。
「からかう? からかうってナニよっ!? あたしっ本気でゆってたんだよぉぉぉぉ!
なんでそんなコトゆーーのっ!」
「え、いや..」
彼女の迫力に、驚く様にしどろもどろでたじろく彼。
「だってしょーーがないじゃないっ! 好きになっちゃったんだもんっ! この人だって思ったんだもんっ!」
「..あ、あの」
「最初わかんなかったけどっ、一生懸命考えてっ、自分の気持ちに気がついてさっ...」
「....」
「またあえたらっ、またあえたらって..ずっとずっと、思ってて、やっと昨日あえた時ホントに
嬉しかったんだよぉっ!」
「....」
「でもあたしっ、ドジだから..うまくゆえなくてっ、いろいろヒドイことゆっちゃったけどっ!
いっぱいいっぱい勇気だしてゆったのにぃぃぃぃぃ...ふぐっ」
いつの間にか彼女の瞳に大粒の涙が光る。ポロポロとこぼれゆく涙を拭おうともせず、彼女は立ちすくんで
時よりしゃくり上げながら叫び続ける。やるせない悲しみが彼女の中で弾けていた。
そんな彼女を見つめやる彼の表情も、驚きから次第に真摯な瞳に変わっていっていた。
「ひっく..なによもぉぉぉぉぉ..からかい半分であんなトコでコクハクなんかできるかぁぁぁぁぁ!?
迷惑ならっ..最初から断ってくれたらいいのにぃぃぃっ...うえっ」
「わかったぁぁぁ! わかったからもぉぉいぃぃぃ!?」
嗚咽交じりに告白するミりーの言葉を、彼が感極まった様子で制止させる。
そして素早く彼女の前に立つと、そのまま地面に膝を折り正座の様な格好で座り込んだ。
「すいませんっっ!? 俺が悪かったデスっっ!?」
ペコリ
深々と頭を下げて、彼は謝罪の言葉を叫ぶ。
「へ?..」
余の事に一瞬惚けてしまうミリー。
「狼 丈土っっ!!(ろう じょうど) 一生の不覚っっ!! ホント申し訳ないっっ!!」
「ちょっ、ちょっと、ちょっと、ちょっとぉっ!? ナニやってんのよぉぉぉ!?」
彼の行動に彼女は本気で驚いた。それはそうだろう。事もあろうに大の男が自分の目の前で
地に平伏し深々と頭を下げて土下座で謝っているのだから。驚きの余り先程の彼女の憤りは
すでに数光年の彼方へと飛んでいってしまっていた。
「こ、困るよっあたしぃ!? や、やめてよぉっ、人が見たらどーーすんのぉぉぉぉぉ!?」
慌てて彼の傍へとやってきて、同じ様にしゃがみ込んで身体を揺すりながらの懇願。
「いやっ! 許してもらうまでは、やめる訳にはいかんっ!!」
「ゆ、許す許すっ! 許すからっ、お願いだからやめてぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜!?」
「ほんとかっ!?」
彼女の言葉に、ガバっと顔を上げた彼が安心した様に言う。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ......よかった」
深いため息をつきながら胸を撫で下ろす彼に向かって、ミリーはあきれる様に額に手をあて
うつむいたままつぶやく。
「..信じらんない..」
「なにが?..」
「なんでこんなコトできちゃうのぉ..」
「いや、ほんとに悪いと思ったから..」
「男の人がこんな簡単にっ、そんなコトしちゃダメだよっ!!」
ついついムキになって言い聞かせてしまう。
彼女の中では、男の人と言えばある程度プライドを持って生きている者達で、それがこうも簡単に
何の虚勢も持たず、自分の様な女の子に平気で頭を下げてくる。少なくともモユから聞いていた
一般の男性像とは大きく違った彼の素行に、彼女はびっくりしていた。
『この人...なんかちょっと変わってるぅ』
昨日再会した時薄々感じてはいたのだが、改めて彼の他の人と違う所を見せられ、彼女は少し..嬉しかった。
普通なら男の人がこんな事をするのは、カッコ悪い事なのかも知れない、でも、それが不思議と
嫌な感じがしない。もしろ潔い良い好感すら持ててしまう。
「簡単なことなんかじゃねーーだろ?..」
「え?」
彼の素行に毒気を抜かれたそがれていた彼女に向かって、彼が真剣な表情で語りかける。
ベンチに腰を下ろし、遠くを見つめる様な瞳でそう言う彼の隣に腰掛け、ミリーは黙って耳を傾ける。
「あんたがそこまで真剣に考えてた気持ちは、そんな簡単なことじゃないと思ったんだ..
だから俺は、俺の出来るせいいっぱいの謝り方をしたっ..ただ、そんだけだ」
「....」
「我ながら俺ってヒネくれてるよな..イマイチ信じられなくてさ...ホント悪かった」
「....」
「すいませんねーー、モテたことないもんでぇ」
じーーっっと彼を見つめるミリーの視線が照れ臭いのか、彼は頭をかきながら恥ずかしそうに言う。
そんな彼の仕種がどうにもカワイク感じてしまい、ミリーは素直な言葉が出てこない。
「...バカみたい」
「うわっ!? ひでぇ! せっかくちゃんと謝ったのにっ、バカはないだろーーっ」
「...カッコわるぅ〜い」
「へーへー、どーせそーでしょーよっっ...俺はなぁ、不格好な生き方しかできねーーのっ
....幻滅しただろ?」
「...ううん」
少しおどけながらの自虐的な彼の言葉に
ゆっくりと首を振って、顔を上げたミリーがはっきりと、そして嬉しそうに笑顔で答えた。
「あなたのコト、好きになってよかったデスっ!」
こぼれる様な笑顔で元気に宣言されてしまい、彼は一瞬返答に困る。
”あー、えー”っと視線を漂わせ口ごもった後..。
「...あんがと」
「.....」
. . . . . . . . . . . . 間 〜〜
「シクったぁぁぁ〜〜〜〜!? 俺またこんなマヌケな返事しちまったぁぁぁぁーーーーーーーーー!?」
突然そんな叫びを上げ、彼は頭を抱えて悶え始めた。
何しろ彼の中では壊滅的にハズしてしまったよーな気になってしまったのである。
「.....」
「まんまこの間と同じじゃねーーかっっ、俺ってバカみたいにカッコわり〜〜〜〜〜〜」
「.....」
「もうちょっとそのっ、気の利いたコトゆおーーと思ったんだけどなっ」
「.....ぷっ」
「慣れてねーーせーーかな、どーーにも頭がまわんなくてだなっ」
「...くくっ..んふふ」
「”初めて女の子に告白された時、貴方はなんて答えました?” なんてーーコトを聞かれたら
どーー答えるんだオレぇ!? ”ハズシましたスイマセン”じゃ、シャレにならね〜〜〜〜〜!?」
「んふふふ...あは..」
「て、おや?.....あ、あの〜もしもし..どしたの?」
口元を押えうつむいてしきりに肩を奮わせる彼女を怪訝に思ったのか、彼が声をかける。
その言葉に顔を上げた彼女がいきなり。
「あはははははははははははははははははははははははは!?」
大 爆 笑
大ウケされてしまう。
さすがにちょっと気を悪くした彼が不満気に言う。
「...オマエ..笑いすぎ」
「だってぇぇ〜〜〜!? あははははははははははははは」
「.....」
「もぉオッカシぃ〜〜っ、あははははははははははははは」
「.....」
「あはははははははははははっ、サイコぉ〜〜っ!?」
「...てめーー、しつこいぞ」
お腹を押えて、彼の背中をバンバン叩いて大笑い。
彼女自身、何故これ程笑ってしまうのか不思議だった。
我慢しようとしても、後から後から笑いが込み上げてくるのである。
「はぁぁぁぁ.....あはははははははははははは」
「...そんなにおもしろいか?」
一心地つく様に彼女がため息をつく。しかし視線を彼に向けた途端また思い出したかの様に爆笑。
そんな彼女に彼が気の抜けた表情で問いかけた後。
「これならどーーだ?(ニヘ)」
わざとヘンな表情を作って、彼女の目の前に顔を近づける。
「んにゃははははははははははははっ!? や、やめてぇぇ〜〜あっはっはっはっは」
「そっかぁ〜〜、そんなに楽しいかぁ〜〜〜、あっはっはっは(ヒク)」
笑い続ける彼女の様子を、引きつった笑顔で見守る彼であったが、途端に顔を凄ませて。
「...どーやらオマエは..笑うの好きみたいだな」
コキ ペキキっ
「はぁ..はぁ..え、え?」
指を鳴らして言う彼の様子に異変を感じて、彼女は息を整えながら視線を向ける。
見るとそこに、にっこり笑いつつも指をわきゃわきゃとうごめかせ、身構える彼の姿が目に入った。
顔は笑ってはいるが、目だけは笑っていなかった。
「は、はぁ、ちょ、ちょっとぉ..な、ナニする気ぃ!?」
今だ整わぬ呼吸を抑えつけ、身の危険を感じた彼女はじりじりと後ずさると、おびえた様子で問いかける。
「いやなに..もっと笑ってもらおーと思って..」
ニヤケた彼の言葉に..。
「け、結構ですっ」
急に背を向けて立ち上がり、ダっと逃げ去る様に駆け出した。
ガシぃっ
しかしベンチに座ったままの彼の腕が、彼女の首根っこを掴んでいた。
バランスを崩しよろよろと彼の隣にストンっと座らせられそのままハガイ絞めにされてしまう。
「ま〜ま〜..俺の好意だ素直に受けとれ」
「ちょっとまってっ、ちょっとまってぇっ! あ、あたしソレだけはダメなんだよっ!?」
「ナニがだ?」
「あ、あたしすっごくっ、くすぐったがりなんだってばぁっ!?」
「そりゃよかった..おもいっきり笑えるな」
「やぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇてぇぇぇぇぇ!?」
彼女の哀願を無視。ばたばたと暴れる彼女の身体を片腕でがっちりホールドすると
容赦なくワキの下に手をすべり込ませ、こちょこちょと彼はくすぐり始めた。
「んにゃはっはっはっはっ、や、やめっ、きゃはははははははは」
「おかしいか〜、そ〜〜か、嬉しいだろーたっぷり笑え」
「あはははははっ、ご、ごめっ、あははははっ、な、なさいっ、にゅははははは」
「ん? なんかいったか? 聞こえね〜〜〜、ちゃんとしゃべれ」
「だ、だってっ、あははははははっ、い、いきがっ、はにゃははははははは」
「おらおら〜〜、死ぬまで笑うがいーー」
「そ、そんなっ、あははははははっ、や、やめ、やめっ、にゃはははははは」
「ふははーー、今楽にしてやるーー、うりゃーー」
「い、イヤっ、にゅふふふふふっ」
「...楽しいだろー」
「..あははは」
「...」
「...」
なんだか出会って日が浅い割りに、やっとれんぐらい仲良しな二人であった。
その後、彼女が酸欠で意識不明になる手前まで、彼の好意は続いた。
◇ ◇
「はぁ...はぁ....(くて)」
「どーだ、満足したか?」
ひゅぅひゅぅとなんだか今にも死にそうな呼吸をしながら、ぐったりとベンチに横たわるミリーに向かって
彼がのほほんと訊ねる。
「..オナカいたぃ」
「そらおまえ、笑いすぎだ」
「ひ、ヒドイ..誰のせーーなのよぉ〜〜」
「うん。礼にはおよばんぞ」
「.....」
心身共に疲れきった様子で、彼女は無言の抗議の視線。
その様子を見やった彼がクスっと笑った後、手を差し伸べて言う。
「ほら、つかまれ」
「う”〜〜..」
彼の手を握りゆっくりとその身を起す。
そして力なくベンチにもたれながら、憂いを帯びた表情でぽつりとつぶやく。
「うう、もてあそばれたぁ..」
「おまえ..すっごいコトゆーのな..人聞き悪いぞ」
「だって..セクハラなんだもん..」
「誰がだよ..ま、とりあえず、これでおあいこな」
そう言って彼はもう一度右手を差し出した。
それを不思議そうに見やった後、彼の顔に視線を向けると..。
「これからも、よろしくってコトで..」
屈託ない笑顔でそう言う彼の言葉を、すぐには理解できなかった彼女が疲れた様子でボケっと聞き返す。
「なにをぉ...」
カ ク ..。
「あのな...」
要領を得ていない彼女の様子に、彼は少しコケる。
疲れた様子で何度か頭をかいた後、ハッキリとした口調で問いかけた。
「だからぁっ、つきあうんだろ俺たちっ、それともヤメルか? 今ならなかったコトにできるぞ」
彼の言葉をすぐ様理解した彼女が慌てて身を起こす。
そしてブンブン首を横に振り、了承の意思表示。
「やめないやめないっ! つきあうつきあうっ!」
「(へー)...じゃ、いいんだな」
「いいに決まってるよ〜〜っ、えへへへ」
ため息をつく彼の手を取り上機嫌な彼女。思わず笑みがこぼれる。
しかし、そんな彼女に再び試練が舞い降りる。まるで確認するようにグっと握り締めた掌に少し力を込めた彼が
口の端を僅かに吊り上げ、フッフッフと言葉を紡ぐ。
「本当にいいんだな?」
「い、いいんだってば」
”ナンデスカソノワライ?”とでも言いた気な彼女を他所に、彼は続けて言う。
「俺ってすっげー自分勝手な奴だぞ、それでもいいのか?」
「...が、がんばってついてくっ」
「それに優しくないし、いい加減だし、だらしないし、優柔不断だし、不真面目だし...」
「わ、わ、わかってるんなら直していこうよ、うんっ。あたしも協力するしぃ...」
およそ彼の印象からは信じられない単語を並べられ、彼女は少し困惑する。
「オマケにスケベだぞっ」
「(ピク).....」
「すぐに触るぞ、せまるぞ、押し倒すぞ、エッチなコトいっぱいするぞ」
「あううう...」
もうすでに泣きそうな顔。
普通のコだったら、この時点で”お断りよっ!”と叫んで走り去って逃げて行く所であるが
彼女は違った、持ち前の根性をフルに使って何とか彼に妥協案を提示しようとする。
「そそそ、それは...あ、あの、あたし達まだ高校生だし、その..イキナリ全部ってゆーのは
えとっ...あ、あたしも初めてなので、その、どどど、努力はしてみますがっ..ふぐぅぅ」
一生懸命顔を真っ赤にさせながら、しどろもどろで彼にあわせようと試みる彼女の様子に
彼の肩口が小刻みに震える。何だか吹出しそうになるのを堪えてるようにも見える。
それでも彼は最後の言葉を、上擦った声でこう続けた。心の中でベロを出しながら。
「ついでと言っちゃなんだが、病気持ちだぞぉ、ダッチョにキレ痔に水虫だし、足もクセーわ
脇もクサイ、えーと...他になんかないかな?」
「.......」
さすがに彼の真意に気づいたらしく、一度うつむいた彼女が、上目使いで恨めしげな視線を向けると...。
「...もしかして...遠まわしに断ろうとしてないぃ?」
だううっと、涙を浮かべてたそがれる。
その瞬間。彼は大きく吹出したかと思うと..。
「だっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!?」
彼女を指差し”や〜い本気にしてやんの〜”っとばかりに大爆笑。
「あーーーーーっ?! ホントはからかってたんでしょーーーーっ!」
「いや〜.....キミ、楽しすぎ」
「あ〜〜の〜〜ネ〜〜」
悪びれもせず、そんな事を告げて来る彼の様子に
彼女は悔しそうに突っ伏して、ダムダムとベンチを叩く。
「それと..おまえ根性あるな、そう言うヤツは嫌いじゃないぞ」
「も、もぉ〜〜」
拗ねるように彼を上目使いで睨みつける。
かと思うと急に顔を上げて。
「あっ!? じゃぁ、さっきの全部ウソなんでしょっ」
「さぁ〜〜、どうでしょう?」
「ホントはどーゆー人なのよぉ〜〜」
彼女の質問に答えようともせず、彼はゆっくりと立ち上がり
屋上の扉に足を向ける。
「まってよっ、ちゃんと答えろーーっ!」
「そいつは...」
扉のドアに手をかけそう呟いた彼が、彼女の方に振り返って..。
「これから自分で確かめてくれ(ニっ」
屈託ない笑顔を浮かべてそう告げて来る。
彼女が思わず見とれてしまう程、いい笑顔だった。
最早詮索する事すら出来ない。
「...ずるぅい」
少し赤い顔で、せいいっぱいの不満気な言葉を呟く。
”誤魔化されてる、誤魔化されてるよあたしっ”っとわかってはいたものの
不思議にそんなやりとりが心地よい。
「そう言やお互い自己紹介がまだだったな..ヘンな順番だったけど」
「ほ、ホントだ」
先に階段を降りる彼が、不意にそんな事を言う。
トンっと横に並んで彼女も同意する。
「俺は..狼 丈土。ジョウドでいいよ」
「ジョウド?...へ〜〜、ジョウドかぁ、カッコイイねぇ...うんうん。いい名前〜〜」
しきりに感心するような素振り。
彼女にしても気に入った名前らしい。
「あっ!? あたしは───」
「光明 未璃阿...だろ?」
自分の紹介を思い出したようにしようとする彼女の言葉を遮り
彼がニンマリ笑って答えて来る。
不思議に思って何気に訊ねると。
「え?...な、なんで」
「いやな、昨日あの後職員室で、金髪の綺麗な先生が教えてくれたんだ」
「そ、そうだったんだ...」
恐らくはマリの事だろうと、彼女は容易に理解出来た。
「ついでに”あのコはわたしの妹みたいなコなんだからっ、泣かせたらただじゃ済まないわよっ”って
脅された」
「...アハ、アハハハ」
マリらしい言いように、苦笑を浮かべる。
しかし、有難い事にマリのお節介はまだ続いていたらしい。
「なんとなく...”泣かせたらどうなるんですか?”って聞いてみたら...」
退 学
「なんてーコトをシレっと言われちまってさ〜〜、あはははははっ.....
おい...お前が小さくなってどーすんだよ」
あっけらかんと言う彼とは対照的に
彼女の方は踊り場の角でしゃがみ込んで縮こまっている。
なんだか穴があったら入りたい。と言った心境であろうか。
「ほらほら、気にしなくていいからこっち来い」
「ずびばぜん...」
「いきなり泣くな...転入早々俺が退学になるだろう」
「あうう...」
迂闊にもなんだか余計な心労をかけてしまった事に気がついた彼が
何事もなかったように明るく話題を変える。
「それよりさ、腹減ってねーか? よかったら学食案内して欲しいんだけど..」
「え? う、うん。いいよぉ..あたしもまだお昼食べてないし..一緒にいこっ」
「なんかお勧めあるか?」
「う〜〜んと..Cランチが美味しいよ」
「どんなの?」
「えへへーっ、和洋中のオカズが入っててお得なんだよーっ」
「それってお得って言うのか..バランス無視してるよーな」
「ちゃんとデザートにプリンもつくんだよーーっ」
「...なるほど、それがメインな訳ネ」
他愛のない会話をしながら、彼等は学食に向って行った。
一緒に昼食を取り、互いの様々な話に華を咲かせる。
少なくとも、無用な不安を彼女が抱いてしまわないぐらいには
二人の距離は近づいていた。と言っても彼女は終始舞い上がりっぱなし
今朝方の憂い等嘘のように、本来の明るさを取り戻していた。
◇ ◇
「またな、光明」
「うんっ、じゃぁまたっ」
昼休み終了間際。
彼女のクラス1年D組の前で、二人はしばしの別れの挨拶。
ニコニコと彼に向って上機嫌でお見送り。
「.......」
「.......」
の筈が、何故かその場を動こうとしない二人。
「...そんじゃーな」
「うんっ、またネ」
「.......」
「.......」
再び挨拶を交わすも、やはり動かない
しばらく互いにバツが悪そうにした後
”え〜と”っと口ごもる彼女に、彼が頭を掻きながら。
「だから..早くいけよおまえ」
「だ、ダメだよそんなのっ、ココで見とくのっ」
「おまえから先にいけよ..」
「ヤダよっそんなの、ジョウドから先にいってよーっ」
”なにをそんなにムキになってるんだ?”と思わないでもなかった彼であったが
子供の様に今にもベソをかいてしまいそうな意気込みで迫られ。
彼は言われた通りその場を離れようとする。
「ジャ、オサキニシツレイサセテイタダキマス..」
その際、やたらと畏まった口調で、汗を貼り付け軽く会釈をする。
ちょっとあきれてる様子であった。
「うんっ! じゃーねーっ!」
彼女の方は、ブンブンと手を振り。その姿を元気に見送っている。
廊下を通り過ぎ行く生徒達が、好奇の視線を向けて行くのだが
彼女はまったく気にしてないご様子。
僅かにため息を漏らし、彼は廊下の突き当たりまで来た所で何気に後ろを振り返る。
「!?」
それに気づいた彼女が、軽くぴょこぴょこと飛び跳ねて手を振る姿。
なんだか一声かけると、ダッシュで走りよって来そうな雰囲気だった。
『なんてヤツだ...少しは人目を気にしろよ...』
そう心の中で一人語散る。
苦笑を浮かべつつも実際悪い気はしない。
軽く片手を上げて、別れのサインを送ると彼はそのまま階段へと姿を消した。
「ンフフフ〜〜、エヘヘヘ〜〜」
それをテレテレと余韻を残した表情で見送った彼女は
鼻歌なんぞを口ずさみ、自分の教室に戻って行く。
「〜〜〜♪」
ガラっと教室の扉を開け
気分良さ気に凱旋を果たした彼女を迎えたのは...。
お か え り な さ ー い っ ! ?
何故かクラスの女子全員だった。
「ねえねえ、光明さんっ。どうだった? 上手くいったの?」
「あの人見たことない人だけど、上級生っ?」
「い〜〜な〜〜っ、私もあんな彼氏欲し〜〜っ」
「ちょっと今後の参考の為に聞きたいよねーーっ」
等と口々に問いつめられる。
この手の事柄に興味津々なお年頃。級友に舞い降りた絶好のケースに
クラス中の女子が殺到して来る。
「えっ!? あ、あのっ!? ちょ、ちょっとみんなっ!?」
いきなり記者会見の主役に抜擢されてしまい困惑するミリー。
そんな騒ぎを嗜めるように、モユが後ろからはしゃぐ彼女達を注意する。
「ハイハイハイハイハーーイっ、そないいっぺんに聞いたらあかんやろ〜〜っ
ミリかて困ってるやんか〜〜っ」
「あっ、モユ〜〜〜、タスケテよ〜〜〜っ」
天の助けとばかりに、己が親友に情けない声を上げる。
「質問は順番にやっ」
「え?..」
しかし無駄に終わる。
それ所かモユは”フっ”っと僅かな微笑を浮かべると、パチンと指を鳴らして
何かの合図を彼女を取り巻くクラスの女子に送っている。
すると二人一組となった、女生徒達が二つあった教室の扉を塞ぐような形で陣取る。
つ ま り は 逃 げ 道 ナ ッ シ ン グ
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜と(汗」
嫌な予感を通り越し
これから舞い降りるであろう己が運命を理解したミリーが
汗をかきつつ立ちすくむ。
コホン...
何時の間にか静まり返った教室に、モユの咳払いが一つ。
ゴソゴソと何やらポケットからパスケースを取り出すと
マイクの代わりであろうか、小指を立てて握り締め...。
「ミリーちゃんの体験談セミナーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ドっ!! ワァァァァァァァァァァァァァァ!!
バラエティ番組の司会者バリのテンションでそう叫ぶ。
それに合わせる様に盛り上がるクラスの女子一同。
ヤ ッ パ リ ...
「.......」
ミリーの脳裏に、チーンと言う御愁傷音が小さく響く。
しかし彼女も何時までもたそがれてはいなかった。
何時もなら取り乱してワタワタする所だろうが、今回はさすがに勝算があった。
「あ、あのねモユ、そ、そろそろお昼休みも終わるし〜〜...」
何気にソレを口に出した途端。
キーーーン コーーーン カーーーン コーーーン
絶妙のタイミングで、今まさにお昼休み終了の鐘が鳴り響いた。
「ね、ネっ?..」
可愛らしく愛想笑いで問いかける。
「ああ..ソレやったら心配せんでええーー」
彼女の言葉に、モユは何やら余裕のある表情で
親指だけで教室の黒板を指差す。
「見てみー..」
「?...」
言われてミリーが黒板に視線を向ける。
自 習
「.......(激汗」
「とゆーコトや」
しばらく目を見開くような表情で、それを眺めていたミリーが
泣きそうな顔で情けない声を上げる。
「うっそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!!!!」
「連行っ!!」
それを皮切りにモユが軍人バリの口調でクラスの女子に指令を出していた。
ガシっと両腕を捕まれ、彼女はずるずると何時の間にか引かれた男子と女子の絶対境界線の奥へと
連れ去られて行く。
「放して〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
等と抗議の声を上げるも。
「ごめんなさい..光明サン」
「私達、一応心配してるんだよ」
両腕を掴む級友が、好奇心に目をランランとさせながらそんな事を言う。説得力まるでナシ。
本来なら、こう言う騒ぎを一喝する筈の、クラス委員のティリムですら
何故か今回は傍観している。不機嫌そうではあったが..。
「ウソだぁ!?」
彼女の抵抗に、言葉での誘導は無理と判断したのか
モユが踵を返して彼女の顔を覗き込む。
そしてペチペチと頬を僅かに叩きながら。
「吐いてもらうで..洗いざらい..」
最早まな板の鯉と化した彼女に
モユの理不尽な言葉が投げかけられた。
「本性あらわしたなぁっ!?」
ワルノリする予兆を見せる親友に、彼女は力いっぱいツッコンだ。
「ミリーさぁん。何があったんですの〜〜?」
それとは逆に本気で心配そうにしてるベル。
しかしながら、今はベルの言葉に構って上げる余裕がない。
「イヤヤな〜〜、コレでも心配してんねんで〜〜」
「ドコがだよぉ!?」
「ミリーさぁん。何があったんですの〜〜?」
「アンタみたいなガキンチョちゃんが、痛い目見んよーーに、ウチが相談に乗ったろーー思ただけやん」
「どの口でそんなコトゆーーかなっ!? 面白がってる、ゼッタイ面白がってるでしょ!?」
「ミリーさぁん。何があったんですの〜〜?」
オウム返しに訊ねるベルに
疲れたようにミリーが..。
「...会話しようよベル(止めさせてよ)」
「はう?..」
彼女の何時になく激しい抵抗に、開き直ったのか
何度か頭を掻いたモユがほくそ笑んでから...。
「せやからナンヤネン」
”ああん”と冷ややかに言い放つ。
「オニ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
結局。
ミリーはクラス女子全員の教材扱いとなってしまい(人柱とも言う)
様々な尋問を受けるハメになってしまうのである。
黙秘を続ける彼女であったが、さすがにモユが陣頭に立って熱心に..と言うかしつこく
食い下がってこられては抗う事が出来ず。これまでの彼との経緯の全容をみんなの前で告白する事になった。
さすがに自身の失敗談である職員室での事は話さなかったものの、これにより...
彼。狼 丈土との交際は、クラス女子全員の公認の間柄となった。
彼女の未来は明るい。
.....のかな?
『そんなワケないでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?』
...Cパート(現在制作中)へ続く
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