〜Page.3〜






「ミリーさぁん..よかったら話してほしいんですのぉ」

「え!? な、なにをぉ?」

頭のバッテンバンソーコーをなでなでしながら、ミリーが驚く。

「昨日から、ずぅ〜っと、ミリーさんの様子がオカシかったですからぁ..なにか、悩みごとでも
 あるんじゃないかとぉ...」

「そ、そ、そんなことないよぉ! あたしはいつだって元気、元気っ!」

小さくガッツポーズをとって平気な素振り。しかし、そんな彼女の強がりすら、この級友には通用しなかった。

「ウソですぅ」

「う、ウソって..」

ベルの透みきった瞳に”じぃーー”っと見つめられると、思わず口ごもる。

「そやでーー、友達やん、ワキクサイでーー」

その場の雰囲気を和まそうと、モユがオヤジギャグ調に横槍を入れてくる。しかし逆効果だった。
”ジト”っと半眼でミリーに睨まれた後、冷たく突き放される。

「..あんたトモダチ違う」

「ひ、ヒドっ、なんでやねーーん」

「トモダチは..イキナリ後から、ハリたおすよーなことしないよ」

「..スンマヘン」

素直に謝るしかないモユであった。

「そんなにベルじゃ..頼りになりませんのぉ」

何時の間にか、オメメをうるうるさせたベルが、覗き込む様に聞いてくる。
さすがに、この状況ではミリーは抗う術を持たなかった。しばらく考える様な仕種を浮かべた後
ようやく重い口を開く。

「..じゃ、じゃぁさ、ちょっと聞いていーーかな?」

「なんですのぉ?」

「え、えーーと、そ、その...」

「はう?」


     「寝ても覚めても、その人のことが頭からはなれない...ってこと、ある?」

     「はうっ?」

     「はっ?」

ミリーの言葉に二人揃って顔を見合わせる。拍子抜け..と言った感じで。
瞬時に彼女の発した言葉の意味がわからず、しばし固まる。

「いや、そのね..あ、あたしがってワケじゃなくて...そ、そう、しりあいの人がそんな悩みもってて〜〜
 えーーと、そ、そう、相談されたんだよ、うんうん」

なにやら怪しい挙動を交えながら、聞きもせんのにそんな事を言う。
その内に、事の真意を理解したのか、ベルがつぶやく様な口調でぽつりとこぼす。

「なんだか..”恋わずらい”みたいですのぉ」


     コ  イ  ワ  ズ  ラ  イ  !?

のフォントをバックに”ガチョーーン”と変なポーズで驚くミリー。
その表情は..なくなっていた。つーか、のっぺらぼーで汗だくだくだった。

「..どないしたんやあんた? 顔がないで..」

「な、な、な、な、な、な、なんでもないよぉ!?(; )o」

怪訝に思ったのか、モユが何気にツッコムと、彼女は過剰な反応を見せる。

「で、でもっ、それはないんじゃないかなっ! その人ぜんぜんしらない人で、いっかいしかあったこと
 ないんだよぉっ!!..って、そ、その人がゆーーにはなんだけどぉ〜〜〜」

焦った様子で、言葉の最後を言い直す様に言う。
否定的に言っては見たものの、あまりに当てはまる要素が多分に含まれていた為
彼女自身ショックが大きかった。しかしベルの次の言葉が、彼女に決定的な自覚を与える。

「でもぉ..”一目惚れ”っていうのもありますのぉ〜〜」


     ヒ  ト  メ  ボ  レ  !?

     
の文字が彼女の背中に”ドスーーーン!”と覆い被さる。
これ以上ない程の驚きの表情を浮かべ、掌で両頬を抑え自分の世界にひたっていく彼女。

『うっそぉぉぉぉぉーーーーーーーー!? ま、まさかっ、このあたしがぁ!!』

彼女にとって、これ程の事態に陥ったのは16年の人生の中で最大級の出来事であった(いろんな意味で)
まったく色恋沙汰に無縁な彼女が、イキナリ”初恋”等と言う、人生のビックイベントに直面したのだから
無理もない所である。

「..あのぉ、ミリーさん?」

『でもでもっ、なんかあの人の顔を思いだすと”キューーン”とかなっちゃうしぃ..』

「..ミぃリぃ〜さぁ〜〜ん」

『よく考えたら..割りと、ちょっとだけ、すっごく、むちゃくちゃ、タイプだったかもぉぉぉ!?』

「..もしも〜〜しですのぉ」

『えーーだって、どんな人なのかしらないんだよぉぉぉーーーーっ...って、でも、あんなアブナイことして
 あたしを助けてくれたんだよね..ってことは?..イヤぁ〜〜〜ん。カッコイイ上に勇敢な人なんだぁ!」

「....(汗)」


何時の間にか、自分の世界で悦にひたってしまった彼女は”いやん、いやん”と頬を染めつつクネクネ
しながら自分の身体を抱いていた。その様子を見やりながら、困ったように汗を流すベルの隣でモユが
冷静にツッコム。


     「もどってきーや、あんたっ」

     パコっ

ハリセンで軽く叩く。

「..はにゃぁ?」

夢見心地のようなトロンとした視線をモユに向け、”ぼ〜〜”っとたたずむ。
そんなミリーに顔を近づけ、しげしげと眺めやるモユに、一つの直感めいた結論が導き出されていた。

「...あんたまさか?」

「えっ!?」

     ぎくぅ!

いつものモユからは信じられない程の真剣なまなざし。
その唯ならぬ雰囲気に、我に返ったミリーが姿勢を正してすっとぼける。

「ど、どーしたのぉ?」

「はっはぁ〜〜〜〜ん。そーゆーことやったんか〜〜〜〜」

一変してニヤニヤした薄笑いを浮かべ”ん〜〜”っとばかりにミリーの顔を覗き込む。
それに耐えきれなかったミリーが”プイ”っと視線を逸らす。

『..マズイよぉ、こりはピンチです!』

心の中で一人語ちる。
そんなミリーの前におもむろに座り込んだ後、芝居がかった口調でモユが追及し始めた。

「..吐け」

「な、なにをぉ?」

「素直に吐いたほーが身の為やで..」

「な、なんのことだか、わかんなぁ〜〜〜い」

「強情なやっちゃな..カツドン食うか?」

「い、いらない」

「さよか〜〜、ほな────..」

モユの言葉が言い終わらない内に、本能的に危機を察した彼女は、昼間に頼まれていたよーじ事を口実に
その場から逃げ去る事にした。

「あーーーっ!? あたしマリ先生にプリント届けるようにいわれてたんだぁ!!」

わざとらしく思い出した様にゴソゴソと自分の机の中からプリントの束を取りだし、そのまま足早に
ドアに向かって歩き出す。その様子を見てモユが”逃げよった..”と小声で、つぶやく。
しかし、よっぽど焦っていたのか。

     ドテっ

なんでもない所でコロぶ。

「あは、あははっ..」

ぎこちなく愛想笑いを浮かべて、のそのそと起き上がり、ドアに向かって歩き出すのだが
その際、顔だけを二人に向けていたので、そのままドア横の壁に..。

     ガンっ!

     「きゃんっ」

ぶつかる。
しばらく鼻を押さえたままうずくまっていたのだが、やがて立ち上がり。

「..りゃ、りゃーーねーー」

そう別れの挨拶を告げる。鼻を押さえてしゃべるので、発音がヘンだった。
一連のお約束なアクションで立ち去っていくミリーを無言で見送った後、ベルが不思議そうにつぶやいた。

「急にどーーしたんでしょぉミリーさん?」

「なんや、わかれへんのかベル?」

「はいですぅ..」

子首を傾げるベルの頭にポンっと手を乗せて。

     「”イノチミジカシ、コイセヨオトメ”ってことやっ」

ニンマリ笑って、しかし優しい眼でそうモユは答えた。
この時の彼女の言葉が今イチピンとこないベルであったが、その表情だけは何時までも印象に残ったと言う。









          ◇          ◇









職員室。

「はいこれ、クラスの文化祭のアンケートです」

「ありがと。ごめんね、わざわざもってきてもらって」

そう言って軽くウインクする。ハーフであるマリがするとやはり様になっている。
なんとなく羨ましさを感じながら、ミリーは手持ち無沙汰に回りを見渡す。
さすがに、放課後にもなると教員の姿も数人しか確認できず、何人かの用事で出入りする生徒しかいなかった。

「お店改築したんだって〜〜、今度またおいしいコーヒーごちそうになりにいくね」

視線だけをプリントに落しながら、マリが話かける。
彼女の叔母であるエリは、この担任であるマリとは大学時代、先輩後輩の間柄で、よく彼女の家に昔から
遊びにきていた。その為、彼女とは入学前から面識があり、ただの教師と生徒以上に親しい間柄なのである。

「はいっ、エリ姉にそーーいっときますね」

「エリのコーヒーおいしいもんね」

「ついでに、ツケも払ってもらうと助かるでしょーーね」

「...うう、ヤブヘビだったぁ」

情けない声を上げるマリを見やりながら、クスクスと笑う。
しかし、不意に会話が途切れた時、無意識にもれるため息。

「....はぁ」

「どうしたの? なんだか元気ないけど」

「え?..そ、そんなことないですよ」

「そうお..ならいいんだけど..」 

慌てて手を振りミリーが、なんでもない様に言うと
マリは子首を捻った後、またプリントへと視線を落す。
彼女の中では、やはり憂鬱にならざるをえない理由が、ふつふつと湧き上がっていたのであった。
自分の気持ちには気がついた..。しかし、肝心の彼の消息がわからない。

『はにゃぁ〜〜...こーゆーのも失恋ってゆーのかなぁ? 初恋は実らないってゆーしぃ...』

     ど よ よ 〜〜〜〜〜〜 ん

一瞬、脳裏によぎった嫌な結論が、彼女の心を暗くする。
しかしすぐ様、ぶんぶんっと首を振り、その心に湧いた影を打ち消す。

『なに考えてんのあたしっ、まだなんにもしてないんだから、なんにもいってないんだからっ! 
 落胆するのはまだ早いよねっ!』

持ち前の、前向きさをフル活用。ミリーは新たな決意を胸に抱く。

     『探さなきゃ!』

ぐっと拳を作って握り絞める。その背後には”ゴゴゴっ”っと恋する乙女の決意の炎が揺らいでいた。

「さっきから..なにやってんのミリ?(汗)」

不意にかけられる声。見ると、マリが訝しげな顔で汗を流しながら固まっていた。

「にぇ?..え、えっと、その」

「あなた..今日なんだかヘンよ」

「あ、あはははははっ、な、なんでもないですよぉっ、ただちょっ─────..」

誤魔化す様に視線を漂わせていた彼女の動きと言葉が、ピタリと止まる。
その視線の先は、マリの机の向こう側に向けられたまま、瞬きすら忘れて見つめていた。

「ミリ?..ちょっと、どーしちゃったのよっ?」

「....」

困惑した様子で問いかけるマリの言葉等、耳に入っていなのか
無言で視線の先にフラフラと、まるで夢遊病者の様にゆっくりと歩き出す。

「ちょ、ちょっとぉっ」

怪訝に思ったマリが、ミリーの視線の先に目をやると..。
2年の受け持ちの教員と、私服姿の若い男が椅子に座って話あう構図が目に入った。
男の方は見覚えがない、年齢からすると生徒っと言った方が良いだろうか、しかし何故か制服ではなく
私服姿であった。ジーンズにGジャン、ラフな格好で見ためよりも大人びた雰囲気が印象的だったが
頭に巻かれた包帯が、どこか腕白小僧を彷彿させた。

「しかし、予定よりも少し遅れたようだね」

「すいません。ちょっと、いろいろありまして」

「その怪我と、なにか関係があるのかね?」

「いや、そいうわけじゃ..」

「はははっ、いいんだよ、私だって若い時にはムチャしたもんだっ」

「違うんですけどね〜〜」

「じゃ、明日から登校ということで、いいんだね」

「はい、よろしくお願いします」

教員と会話する若い男の顔を食い入る様に見つめる。ミリーは彼の顔に見覚えがあった。

     ここ二日..彼女の心を支配していた顔 記憶に残っているのは眠る様な表情だけ

     端正で それでいて優しそうで 大人びた雰囲気を漂わせながら

     彼は 穏やかに微笑んでいる その顔がとても新鮮に感じて

     胸の中が熱くなる 無意識に つぶやかれる 途切れ徒切れの言葉


「..み..つ..け..た..」

そうつぶやいた後、もう一度同じ言葉を繰り返す。
感極まった大きな声で。


     「みつけたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆!?」

人さし指をビシっと彼に向け、高らかにそう言い放ったその声が職員室中に響き渡る。
一斉にその場の、教師と生徒一同が彼女に向かって注目する。マリに至っては何が起っているのか理解できず
お地蔵の様に固まってしまっていた。

「こんなとこにいたんだぁ!!」

周囲の視線をものともせず、そんな事を言いながらズカズカと彼に歩よっていく。
一方彼はと言うと、一瞬、パチクリとその目をまばたかせ、惚けた表情を浮かべた後
思い出した様に笑いながらこう答えた。

「あぁ。あんたか〜〜、俺のこと覚えてたのか」

「忘れようにも、忘れらんないわよっ」

「で、身体のほーは大丈夫なのか?」

「え?..あ、まぁ、おかげさまでなんともないよ」

「そっか、まー看護婦さんがそんなこといってたから、安心はしてたんだけど、よかったじゃないか」

「うん。あははっ」

「ははっ」


     『って!? そぉーーーじゃないでしょぉーーーあたしぃ!!!』

心の中で自己ツッコミ。なーーんかペースが狂い出していたミリーであった。

「あれぇ? ここって高等部の校舎だよな」

何やら彼が、不思議そうに一人語ちる。

「そ、そーだけどぉ..」

律儀に彼の抱いた疑問に答えてしまう。

「なんで中等部のあんたが、ココにいんの?」

「あたし高校生ぇーーーっ!!」

「うっそ〜〜」

「うそついてどーすんのよぉっ、こんなことぉ!!...そ、そりゃまぁ、ちょっと背が低いけどぉ〜〜..」

「..ちょっと?」

彼女の身長は148センチ。平均身長を大きく下回っていた。
眉をひそめながらの疑問符。

「ちょっとでしょっ! だからって、中学生にまちがえるぅ普通ーーーーーーーっ?」

彼女の抗議の声を耳に入れ”うーん”と小難しい顔をした後、キョロキョロと視線を巡らせる。

「...な、なによぉ」

怪しい挙動の彼に向かって訊ねる様に声をかけたミリーであったが、その理由を知って固まる事になる。
職員室にいた、一人の女生徒に目を留めると、彼が気さくに話かけた。

「君、一年生?」

「は、はい!? そうですけど」

突然声をかけられた女生徒は、少し緊張気味に答えるも、彼の顔を見て表情を和らげる。

「悪いんだけど、ちょっとそこに立ってくんないかな?」

そう言って、ミリーの横を指差す。

「こ、こうですか?..」

言われるままに、ミリーの隣に立つ女生徒。並んで立つと一目瞭然だった。
それを腕を組んで、じーーっと見やった後、しみじみと彼が感想をつぶやく。

「...見えんな」

「....ぐがっ」

なんだか理不尽な扱いを受けたような気にされたミリーが、小さく呻き声を上げる。

「あ、ありがとう。もーいーよ」

「い、いえ、それじゃ」

そそくさとその場を離れる女生徒を笑顔で見送った後、彼が言わんでえー事を確認する様に言う。

「やっぱ、ちょっとじゃねーーぞ」

「ワザワザ手のこんだくらべかたするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

すでに二人の会話は、なんだかよくわからない世界を形成しており、その場にいる人間が誰も口を挟めない
状態であった。何時の間にか職員室の一同が、無表情に固唾を飲んで見守っている。

「いや、わかりやすいと思って」

「わからんでいいっ!!!(泣くぞっ)」

「俺って、ものごとはっきりさせないと気がすまないんだ」

「その割りにはこの間っ、勝手にどっかいっちゃったじゃないっ! って、そうだったぁ!?」

「へ?」

「あたし探したんだよぉっ!!」

「ああ〜〜、あの日かぁ、いやーーあの日ちょっと急用があってさーー、時間なかったもんだから」

「きゅーよぉって..もーちょっと考えてよぉっ! あれって一応、事故なんだよっ、おまわりさん
 とかも、いっぱいきてたんだからっ」

「いやだから余計に..」

「はぁ?..」

「俺、面倒事嫌いだもん」

「あんたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

「いーーじゃねーーか、誰かに迷惑かけたわけじゃなし..」

「なにいってんのっ! あの時あそこにいた人達が、みんなであんたのこと心配して、必死になって助けて
 くれてたんだよぉっ!!」

「そーーなのか?..」

彼女の言葉に、先程までのおちゃらけた表情を強ばらせる。そして..。

「そっか..世話になってたんだ、俺..今度会えたら、お礼いわなきゃな...」

神妙な顔つきで素直に感謝の意をあらわにする彼を見て、自然とミリーも表情が和らぐ。

「そ、そーーだよぉ..」

「でも俺、あん時寝てたからな〜〜、その人達の顔、わかんねーーーや、あはははは」

「もぉ〜〜しょーがないなぁ、ちゃんとあたしが、かわりにお礼ゆっといたから、安心していーーよ...
 って、あんた今なんてゆったのっ!?」

「あ、お礼いっててくれたんだ、ありがとな」

「質問にこたえろぉっ!!」

「へ?..あ、あぁ、顔がわかなんないって..」

「その前ぇ!!」

「あん時寝てたから...って」

「寝ぇてぇたぁ?!」

「うん。いやな、あの時、徹夜明けでさ〜〜〜もーー眠くって眠くって、急に身体動かしたせーーか
 そのまま、フ〜〜〜〜.....気持ちいーーぐらい夢の中へいざなわれたぞ」

     ガックリ ..。

とその場にヘタリ込むミリー。呆れるのを通り超し、身体中の力が抜けてしまった様だった。

「どした? 腹でもいたいのか?」

「ちがわいっ!!」

あっけらかんと的外れな事を聞いてくる彼に、ヤケクソ気味に言い放つ。

     『あんだけ心配したのにぃ〜〜〜〜、寝てたはないでしょぉ〜〜〜〜っ』

彼の口から聞かされた、理不尽な事実が彼女を打ちのめす。
そんな事等お構いなしに、彼が不思議そうに問いかける。

「そーいや、あんた、俺を探してたっていってたな?」

「..はぇ?..う、うん。そーーだよぅ..ず〜〜っと探してたんだよぉ」

不意に問いかけられ、少し惚ける様な表情を見せるものの
すぐに身を正し、すねる様に言う。

「....なんで?」

「なんでって....だ、だからその..あの..え、え〜〜と」

彼がきょとんとした顔で訊ねてくる。途端にしどろもどろに口ごもり、落ち着きをなくすと
見る見る内に顔を赤らめ、しまいにはうつむいて指先の先っちょを”チョイン、チョインっと
突つき合う仕種で黙り込む。

「....」

「ん?..」

さっぱりわからない。っと言った感じの彼。
わずかな沈黙がよぎった後、彼が”あー!?”っと声を上げ、ぽんっと手で掌を叩く
何かを察したのか、彼女の顔に横顔を近づけヒソヒソと小声で..。


     「..トイレだったらガマンしなくていーーぞ」

ささやく様に言う。

     「ちがうわっ!!」

     べしっ

目の前の彼の頭にチョップ。

「なんだ? 違うのか? 赤い顔してモジモジしてっからてっきり..」

「そんなん違いますーーーーっ! あんたデリカシーってもんがないのぉ!!」

「じゃー、なんなんだよ?」

「うっ...」

またまた本題に入ろうとすると、さっきと同じ様に赤い顔でうつむいて黙り込んでしまう。
仕方なく彼は、彼女が話し出すまで辛抱強く待つ事にした。その際、話やすい様に声をかける。

「....」

「俺を探してたんだろ?」

「....」

「なんかいいたいことでもあるのか?」

「....」

「..ん?」

何気にひょいっと彼女の顔を覗き込む。


     ベシっ

照れ隠しの彼女の無言のチョップが、先程の様に彼の頭にヒット。

「っ〜〜〜〜〜!?..」

「..あ(;‥)」

しかし当たり所が悪かったのか、急に頭を押さえてうずくまる彼、その姿は何かに耐える様に
小刻みに奮えていた。それは彼女も気がついたよーだ、申し訳なさそうにその姿を見やる。

「いっってーーーよっオマエっ!! なにすんだイキナリ! 今ピンポイントに傷口んとこに直撃したぞ!!」

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」

”うがー”っと詰め寄る彼に、ペコペコとヒラ謝り。

「なんなんだよっ、あんた! 俺になんか恨みでもあんのか?!」

「ち、違うのっ、えっと、そ、そーーじゃなくってぇ..そ、そうっ! お礼っ!」

理不尽な仕打ちを受け、詰め寄る彼に
まるでたった今思いついた様に、ポンっと手を叩いてそんな事を言う。

「お礼ぃ?..」

「そーーそーー、そうなんだよっ、ちゃんとお礼いってなかったからぁ..それで..」

「あ〜〜、いいよ別に..大したことしてないし」

「よくないよぉっ!」

「お互い無事だったんだし、いーーんじゃねーーか」

「だ、ダメだよぉ! だってあたしこの二日間、気になってろくに眠れなかったんだからねっ!!」

彼女の睡眠不足は違う理由だったのだが、彼があまりに何事もなかった様に口にするので
彼女は少し..悲しくなった。自分にとって、突然だけどとても大切な出来事。だけどそれは..。
彼にとってさほど気にも留める必要のない日常。どこかそんな感慨を受けた彼女の言葉が憤ってくるのも
無理はなかった。

「つまんないこと気にするやつだな」

「つ、つまんないってっ!? そんないいかたないでしょぉ!!」

「なに怒ってんの?..」

「怒ってないっ!!」

「怒ってるじゃないか..」

「そーー見えるんならっ、あんたのせーーよっ!!」

「俺が悪いのか?..」

「そーーだよっ!!」

困った顔の彼に向かって、ついつい憤った感情と一緒に、言うつもりもなかった言葉を
叩きつける様に吐き出してしまう。

「大体、恩人にイキナリ失踪された身にもなってみなさいよっ!! あたしだけバカみたいじゃないっ!!」

「....」

「昨日なんか、病院とか街中おそくまで探し回って、くたくたになってベッドに倒れちゃったのにっ..」

「....」

「寝ようと思っても気になって眠れないしっ!! 朝方になってやっと眠れたと思ったら今度は夢にまで
 見ちゃうしっっ!!」

[....」

「わかってんのぉ!! 全部あんたの──────..」

そこまで言って、彼女の言葉がふと途切れる。
何故なら、彼の表情を直視してしまったから..。彼はただ黙って彼女の言葉に耳を傾けていたが..。
一瞬だけ見せた陰りのある表情が、彼女の時間を止めた。

     『あ、あたしっ!? なにゆってんのっ!!』

我に返って、視線を逸らす。
そんな彼女に向けていた視線を床に落とすと、彼は一つ小さくため息をついてつぶやく様に一人語ちた。

「..俺って、どこいってもこーーなんだよなぁ」

「え?..」

その言葉は彼女にしか聞こえなかった。
思わず彼に向かって視線を向けると、彼はにこっと笑って先程と変らない笑みで告げてくる。
でも、どこか寂しそうだった。

「悪かったな、そんなに気にしてるとは思わなかったんだ」

「えっ?! あ、あのっ..」

突然、謝罪を告げられ困惑してしまい言葉に詰まる。
どう考えても、彼女のほうがお礼を言わなければいけない立場で、彼に謝罪させる言われはないのである。
先程まで彼女が浴びせていた言い掛かりにも似た言葉が、彼にそんな態度を取らせてしまっている事を
彼女は充分に理解していた。だからこそ、どうしていいかわからなくなってしまっていた。

「俺って、ちょっと無神経なとこがあってさ、ごめんな」

そう言って笑う彼の表情を見て、彼女はあることに気づく。

     この人は優しい人だ

それを人に気づかせないだけなんだ。おちゃらけた言葉。とぼけた表情。それらを使って他人に対する
配慮をわからないように誤魔化しているだけ。それは今までのわずかなやりとりの中にも見え隠れしていた。
直感にも似た確信が、彼女の内に湧き上がる。そう考えると、今までの彼の行動がすべて理解出来た。
身体を投げだし命を賭して自分を助けてくれた事。それによっておった傷すら気にも留めず、再会した時
まず自分の身体を心配してくれた事。自分が気にしないように、傷つき倒れた事を”寝てた”の一言で
軽く済まそうとした事。


     それに気がついた時 彼女は たまらなく自分が恥ずかしくなった。

     それと同時に たまらなく ... 嬉しかった 

     こんな人に ただ 出会えたと言う事に ...




「悪いけど、そろそろいかなきゃなんないんで....じゃぁな」

彼の突然の別れの言葉が、彼女を現実に引き戻す。
きびすを返して立ち去っていく彼の後姿が、彼女の胸を締め付ける。始めて出会った時のように..。


     「まってよっ!!!」

思わず口をついて出てしまう引き留める言葉。
彼女の中で、何かが弾けた。

「ん?..」

「..ちがうのぉ」

「なにが?」

「あ、あたしっ、ほんとはこんなこと、ゆーつもりじゃなかったんだよぉ!」

「....」

「..あたしがいいたかったのはっ..ほんとはっ、ほんとはっ!!」

「....おちつけって」

うつむいたまま、感極まった様子で言葉を紡ぐ彼女の前に
何時の間にか彼がたたずんでいた。優しく掌を彼女の頭に乗せる。

「...なんだい?」

諭すような優しい微笑みで、そうささやく。

「..あたしっ..あたしぃ...」

「うん..」

「..あたしと..」

その場の空気が張り詰める様に高まっていく..。
現に居合わせた人々の表情は真剣で、時より生つばを飲み込む様な音さえ漏れる。
職員室のすべての人間が身体を強ばらせ、この二人に注目していた。

「..あたしと...あたしとぉ..」

「あんたと?..」

次の瞬間、顔を上げた彼女が、ハッキリと..そして確かな口調でまっすぐに彼を見つめてこう告げた。
想いの丈を込めて..。









          









     「あたしとっ! つきあってくださいっ!!」









          









     「.............どゆこと?」









         









     「ヒトメボレなんですっ!! おねがいしますっ!!!」









        








小柄な身体が折れそうな程、深々とお辞儀をしながら真っ赤になって叫ぶ。
その姿を、まるで遥か彼方を見つめる様な表情の彼の視線が捕える。

      まっしろな時間。

一瞬とも永遠とも定められない時間がすぎゆき、やがて彼が口を開く。
これからの未来が、交わりゆく一本の道へと変る言葉を..。









     「...俺でよければ」










二人にとって何気ない日常が、様々な彩りを見せ始める。
そんな予感を抱かせる、9月の初秋の出来事であった。







     『未璃阿ですぅ あ あたしぃ ... やってっもぉたぉ〜〜 だけどっ きゃぁ〜〜っ!』
















■作者のあとがき(みたいなもん)■
長々とおつきあいいただき、ありがとうございました。
さすがに、もとネタが”ファンタジー”の物を無理やり”学園ラブコメ”に変更するのはかなり辛かったです
なんでこんな事になったのかと言うと
事の始まりはワラクシが冗談で..。


     「ミっちゃんにセーラー服着せて描いてくらはい(´▽`)」

等と飲んだ勢いで、酒盛りに誘ったMK−Tさんに言ってみたところ
ほんとに描いてくれたんすよね..MK−Tさん(笑)

MK−Tさんには、このヘボヘボライターであるワラクシのSSキャラを、ものの見事にビジュアル化
していただいた実績があり、その時は、ただ、ただ、楽しみにまっていただけなんすけど

完成した「セーラーミっちゃん」を拝見した瞬間!?「こりゃぁ書かなあかんやろぉ!」
と訳のわからない憤りを感じて、このSSを寄贈させていただきました。ありがとうございますMK−Tさん
つーか、あんた鬼だ(爆)

元々このSSのヒロインである 光明 未璃阿ちゃん(本遍ファンタジーでは ミゼリア ライト)は
かるちゃんとこに冗談で送った、SSがきっかけで生まれたキャラです。

その時に、MK−Tさんがこのコのイラストを一枚描いてくださいました。

     がっ!?

その恐ろしいまでの、ビジュアルのプリチーさがワラクシの萌えツボにドッシュ!っと直撃!!
信じられない事に「己のつくったオリキャラに萌え萌え」になると言う現象を引き起こすと言う
困った事態に陥ってしまった訳です

おかげで冗談で書いたSSが、不定期ながら連載と言う本末転倒ぶりっ(笑)

     以来、MK−Tさんのイラストは無条件でワラクシをぶっ殺しやがりますっ(爆)>特にタレ目

ありがとうございますMK−Tさん。ワラクシ人生がひん曲がりました。
やっぱ、あんた鬼だ(爆)



     そんな訳で、このSSで少しでも皆さんのお時間を、有意義にさせていただければ

     嬉しく思います。


つってもこんな文才じゃ「ヒマ潰しにもならんかった」と言われるのがオチのよーですが
ワラクシには思い入れのある作品ですので、どーか大きな目で見てやってくださいませ(うぅ)

     By EG



■MK−Tから感謝の言葉■
EGさん、この度は、我がサイトに、こんな素晴らしいSSを頂戴し誠に有り難う御座いました。
「...じゃ、EGさん、今度、ボクのページにSS書いて下さいよぉ」
等というボクの戯言のせいで、多大なるご迷惑をお掛けして、本当に申し訳無く思っております。

今作も、EGさんの持ち味である”可愛く、テンポ良く”というのが文面に滲み出ていて、楽しませて頂きました。
それに、ボクの方こそ、今回もミリーちゃんにツボを刺されまくってしまいました。(笑)
さらに、モユちゃんも可愛いッ!濃ゆいキャラクターだけど存在感があって、ボク、気に入っちゃいましたよ。

それでは、EGさん、次回作、期待していますのでガンバって下さいねっ。(ニヤッ・爆)





▼後編(Aパート)へ▼



▼トップページへ▼