〜Page.1〜




     朝。

夜の終わりを告げる明星の夜明け。
とは言え、多忙な現代人にとってはある意味、一日の苦闘の始まりの鐘が鳴り響く時間とも言えよう。

ここにも一人..その訪れを知らずして、心地よさそうに安眠に身を委ねる少女がいた。
寝床として定着したベッドに横たわり、頭っからシーツをかぶって身体の欲求に従うまま
ピクリとも動かず眠り続けている。

「...く〜〜」

ミノ虫と化した、シーツの固まりから時より安らかな寝息が聞こえる。

     時はAM8;05...。

彼女の定められた起床時間を告げるべく、ベットにオプションとして配置された、目覚ましが稼働し始めた。


     ピピっ 「朝よーー、起きなきゃダメよーーー」

ちまたで人気のRPGのキャラクターグッズ。
”目覚ましレッジアーネちゃん”が、その活動を開始する。
可愛らしいSDキャラから、音声によるセリフで起こしてくれると言うスグレモノだ。

「...スーー」

     「ちょっとあンたーー、いいかげん起きなさいよーーー」

目覚まし時計と言うには不自然な程、人間味のありすぎる忠告めいた言葉を発している。

「フニ....く〜〜」

     「起きろっつってるでしょ〜〜〜、聞こえてんの〜〜〜〜」

「すぴーー....」

     「お〜〜〜き〜〜〜ろ〜〜〜〜」

「....フニャ」

一向に起床しない主人に向かって、まるで苛立ちをぶつける様に
”目覚ましレッジアーネちゃん”の隠された機能が発動する。


     ピピピっ 「......」

原作のRPGを忠実に再現された機能により、先程まで可愛らしくオスマシしていた
レッジアーネちゃんであったが、わずかなアラーム音を発した後、いきなりサンパクガンで”ギンッ”っと
目つきをイカツクし..。


     「起きんがいっゴラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

ヤカラなタンカを切り出した。


     「わきゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


これにはさすがに飛び起きる少女。


     「イテまうぞっゴラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


     「ワタワタ o(@@;)(;@@)/」


     「吊スぞっゴラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


     「ワタワタワタ o(@@;)(;@@)o」


     ドっシーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ  むぎゅっ


パニックを起こして飛び起きた彼女であったが、いきおい余ってそのままベットの下へと転落してしまう。

     「.....(プルプルプル)」

     「カカト食らスぞっゴラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


     「.....(のそのそ)」

顔面難着陸でベット下に落ちた彼女であったが、しばらくそのダメージとの戦いに身をよじらせた後
ゆっくりとその手をベットの枕元に伸ばし始める。


     「西むかすゾっゴラぁぁぁぁ────..」

     ポチっ ..。

無理なポーズでレッジアーネちゃんの停止スイッチに指を添えたまま、ため息まじりに一人語ちる。


     「っう〜〜。いったぁ〜...毎朝、毎朝ぁ〜..シンゾーに悪すぎだよもぉ〜〜」

彼女、光明 未璃阿の朝は、こうして始まる。








     〜ミリーのアトリエ〜

       現代編 ACT1
      
       「みつけた☆」








「はにゃぁ〜〜〜ぁ...」

     とた とた とた ..。

朝の身仕度を整え制服に着替え終った彼女は、大きなアクビで口元からチャームポイントの
八重歯をのぞかせ自宅のリビングへと..気だるそ〜〜〜に向かっていた。
昨晩ついついハマってしまった、ちまたで人気のRPG”サロン、ド、ファンタジー”が
彼女の寝不足の原因になっているよーだ。

「..にしても..朝からあんな起こされかたは....ちょっとカンベンだよね」

眠そーに、お目めをグーで、クシクシしながら、理不尽チックな目覚まし時計に不満をこぼす。

「エリ姉〜..あたし、シャディちゃんって言ったのに、なんでレッジアーネ買ってくるカナ?」

全8種類のこの目覚ましシリーズは、レッジアーネちゃんとシャディちゃんだけ種族がエルフなので
ゲームを知らない人にとっては区別がつきにくい、彼女の保護者が間違って買ってしまうのも
仕方のないコトと言えよう。

「ま..いーか、頼んだのあたしだしぃ..」

”それにアレだと120%目が覚めるしね”..等とメリットと言える部分を着眼し無理やり
納得しながら、彼女の保護者代わりの叔母に向けて朝の挨拶と同時に、明るくリビングの扉を開く。


     ガチャっ

     「エリ姉ー、おっはよーーー........って、はにゃ?(‥;)」


何時もなら、この時間になるとリビングで朝食の仕度をし終わった彼女の保護者が
テーブルに座り紅茶なんぞをすすりつつ、元気に朝の挨拶を返してくる筈なのだが..。

「...いない」

今日に限っては、リビングはしーんと静まり返り、人気のなさを自己主張している。
”あれ〜、おかし〜な〜”っと心の中でつぶやきながら辺りを見回して見ると..

「..ん?」

テーブルの上に、朝食と一緒に置かれた書き置きを発見する。それには..。


     『先にお店にいくね..』

と書かれてあった。
その書き置きに目を通した後、彼女はクスリとした笑いを浮かべ、しみじみとつぶやく。

「アハ、エリ姉ったら、改築終わってよっぽどうれしいんだぁ..」

クスクスと笑いながら、書き置きの続きを読んでいくと..。


     『朝食はサンドイッチにしておきました。これなら大丈夫でしょ?』

「..ナニが?」

     『だって、多分あと20分ぐらいしかないんじゃないカナ?』

「えっ!?」

器用に書き置きと会話をしていた彼女であったが、言われて(と言うか書かれて)時計に目を向ける。
すると、見事に保護者の残した予言書通り、彼女の学校の予鈴までの時間を予測していた。


「うひーーーーーーーーーーーーーっ!? そーゆーコトは早くゆってよぉぉーーーーーーーーーー!」

言える訳がない。
慌てて彼女はサンドイッチをくわえ、律儀に無人の自宅に挨拶を告げながら、慌ただしく家を飛び出した。


     「い、いっへひまーーーーーーーーーーーーふっっっ!」









          ◇          ◇









     ザールブルグ学園

外資系との共同出資により創立されたこの学園は、小学校から大学までのエスカレーター式で
その特色から全校生徒2000人を超えると言うマンモス校でもあった。しかしながら、校舎は全て
別れており、それぞれの教育に合わせて、教員も選りすぐりの人材を国内のみならず海外から呼び寄せる
と言う徹底ぶりを見せ、そのステータス度は財閥や政治家の間では、2世連中の社交場として
有名どころの学校である。
しかし、権威の割りに”自由な校風”が生徒自身にもウケ、ここを進学先に選ぶ学生も多いのだが..。
いかんせん、それ相応の実力がなければ入れない学校なのであった。

その高等部の校門前に、登校する生徒達の姿がまばらに見受けられていた。
その中の一人、活発そうな女生徒が、先を歩いていた小柄な金髪の女生徒に
声をかけながら走りよる。

「ベルぅーーー! おっはよーーーさんっ」
   

もゆちゃん:ツッコミ用のハリセンを携帯


【↑ 三星 萌由 (みほし もゆ)1年D組 大阪堺市出身 お笑い研究会所属】 


「はう?..あ、モユさん、おはよーございますのぉ〜〜〜(ペコ)」

【↑ ベルロット 業雨 オハラ (べるろっと ごーう おはら)1年D組 ノルウェー系クォーター お料理クラブ所属】

二人は互いに朝の挨拶を交して、横に並んで歩き出した。

「なんやー、あんたも今なんか」

「はいですぅ」

「ミリまだきてないんか?」

「ん〜〜...まだみたいですぅ」

「ちょっと、まってやー」

そう言って腕時計に目を向ける。


     『...そろそろやな』

すでに校門は目の前に迫ってきていた。彼女が遅れがちの級友に意識を向けた時
後方から、元気に二人を呼ぶ声が近づいてきた。

「うを〜〜〜い! ふたりともぉ〜〜〜〜〜!」

     タッタッタッタッタッタッタ

”..ピッタシやな”等と、心の中でつぶやきつつ、ゆっくりと振り返る。
見ると、肩で息をしながら一際小柄な身体を折曲げ、ゼハゼハ言う親しい級友の姿が目に入った。

「はぁ..はぁ...お、おはよ〜〜」

【↑ 光明 未璃阿 (こうみょう みりあ)1年D組 地元出身 無所属】


「..あんたな..よーそんな毎朝、毎朝、マラソンしながらガッコにこれるな?」

あきれる様に言う。

「ミリーさん、おはよーございますのぉーー(ペコ)」

「あ、ベルー、今何時? 何時? 何時?」

「はう?..」

そんなモユの言葉等、聞こえていないのか、隣のベルとの会話に没頭するミリー。
何やらしきりに時間を気にしているよーだった。

「もーちょっと、はよ起きたらえーだけやんっ、なんでそんないっつもギリギリやねんっ!」


「え〜とですぅ..」

「ちょっと、時計見せてぇ〜〜...」


「大体っあんた、朝おそいにも程があるわっ、こないだかて9時に映画の約束しとったのに
 電話したら、なんで家で寝てんねんっ!」


「どーぞですぅ」

「ん〜〜っと..やった!12分きってるぅーーー」


「ウチ思わず”なんでオマエそこにおんねぇぇーーーん!?”って、マジでツッコんだわっ!」


「はう?」

「イエーーーーっ! 新記録ぅぅ〜〜〜〜〜〜〜(ぶい)」


「って、ぉぃ....(--;)」

 
「すごいですの〜〜、おめでとーございますぅ。ミリーさぁん」

「まっ、ねっ(エッヘン)日々の修練がモノをゆーのだよ」

胸を張り、誇らしげに告げるミリーの後で、疎外された級友が小刻みに肩を奮わせる。


     「..聞けや人のハナシっ」


     スパーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

さっきから、まったく自分の主張に耳を貸さない級友に向かって、モユの居合い抜きハリセンがサクレツする
お笑い研究会部員の中でも、彼女だけがカバンに装備を許された業物である。

「おううう〜〜〜!?」

突然、頭部に衝撃を受けたミリーは、頭を抱えてヘタリ込む。

「ナニしょーもないこと自慢しとんねんっ、ハズカシないんかアンターっ!」

「ヒ、ヒドイよっモユぅ〜〜〜、イキナリなにすんのぉ〜〜〜〜?」

頭を抱えたまま、恨めし気な視線をモユに向け、非難の声を上げるものの
その声は..あっさりとモユに蹴散らされた。

「なにすんの〜〜や、あれへんっ、あんた、朝ドンクサすぎんねん! もーちょっと、はよきぃ」

「う”〜〜〜...」

「唸るなっ」

「..はにゃぁ」

「はにゃーっ、とちゃうっ!」

「..わぁい」

「よろこぶなぁっ!」


     「あのぉ〜〜..そろそろ急がないとぉ、遅刻しますのぉ〜〜」

ここ最近、朝の恒例行事と化していた、よくわからない漫談をベルの言葉が締めくくる。

「あ..ほんまや、もーこんな時間やん」

「..予鈴まで、もーあまり時間がありませんねぇ」

「冷静にぬかすな..」

「せっかく、ダッシュできたんですけどねぇ」

「人のせーー、みたいにいーーなやっ!」


     「あのぉ〜〜、ですからぁ〜〜〜、はやくいかないとぉ、遅刻ぅ..」

締めた筈の漫談が、再び始まってしまいそーになるのを、ベルがおずおずと嗜める。

「....いこっか」

「....せやな」

ベルの言葉で我に返った二人は、互いに視線を合わせた後、ため息をつきつつ校門へ向けて足を踏み出した。


     キキィィィッ! がちゃ ..

しかしその時、一台の黒塗のリムジンが校門前に無作法に横付けされ、運転席側のドアが開く。
ゆっくりとした動きで、降りてきたのは渋い中年の黒スーツの男。軽やかな身のこなしで
反対側へ回り込んだ後、丁寧な仕種で後部座席のドアを開いた。


     がちゃ ..

「つきましたよ、お嬢様」

「ありがとう、タネダ」

そう一言男に声をかけ、さっそうと車中より降り立つ制服姿の少女。国際的な雰囲気の端正な顔立ち
燃えるような真紅の髪。きりりとしたセピア色の瞳。その物腰と立振るまいからはどこか気品を感じさせた。

「では、いってまいりますわ」

【↑ 茜屋 ティリム バレンシア (あかねや てぃりむ ばれんしあ)1年D組 アメリカ系ハーフ
 無所属】

「いってらっしゃいませ..」


重々しく一礼しながら見送る黒スーツの男に、軽く手を上げ彼女は校門へ向かって歩き出した。
その様子を、ただボ〜っと眺めていたミリー達3人であったが、彼女がすぐ近くを通り過ぎようとした時
片眉をひそめながらモユがぼそっと一人語ちる。

「..あいっかわらず、オツムのたらんよーな登場しよんなぁ」

何がそんなに気にいらないのか、彼女がつぶやいた言葉はやたらと挑発的だった。
慌てて隣にいたミリーが”聞こえるよぉ”とばかりに、肘で軽く突ついていたのだが..。

「モユさん..今、なにかおっしゃいましたかしら?」

めざとくモユの言葉を聞き逃さなかった彼女が、キっと音がしそうな程の迫力で視線を向ける。


「なんやぁ、聞こえたんかー」

彼女の迫力を意にもかいさず、モユが答える。

「貴方、今、随分おもしろいことをおっしゃいませんでした?」

「おもろいゆー割りには、顔がわろてへんやん」

「.....」

「..わらいーーや..おもろかったら」


     パキーーーーン ピリピリピリピリピリピリ

予告もなしにイキナリ始まってしまった、クラスメートの険悪なムード。後でオロオロとする二人を他所に
彼女達の高度な心理戦は続く。

     「オっホっホっホっホっホっホっホっ!....これでいいのかしら?」

「アンタも相当ヘンコやな」

「それで、さっきはどういう意味で、あんなことをおっしゃったのかしら?」

「べっつに〜〜、ゆーたまんまやねんけど」

「..おかしいですわね..学年で次席のわたくしが、ナゼ?(強調)100番以内をうろうろしてるよーな
 貴方に!(これまた強調)そんなことをいわれなくちゃいけないのかしらぁ?」

「なんやてっ!?(カチン)」

さすがに、今まで冷静に対応していたモユであったが、彼女の小馬鹿にしたよーな態度に思わず声を荒げる。

「ウチがゆーーてんのはなぁっ! まわりの他人様にたいする配慮がたらんー、ゆーのをゆーてんのやっ!」

「どういうことか、わたくしにはわかりませんわ」

「わからんのやったらゆーたるわぁ! 朝っぱらからデカイ車で乗りつけて、他の生徒さんの目ーを
 考えられへんよーなヤツやから、オツムがたらんゆーたんやっ!」

「あら..そんなことでしたの」

「そんなことやてーーっ!?」

「わたくしには必要ありませんもの..それに、そんな下らないことで、100番以内をうろうろな貴方に
 低能呼ばわりされるのは心外ですわね」


     ピキっ!?

モユの額に青筋が浮かぶ。

『...こんガキャぁ』

腹立たしさを押し殺し、心の中で悪態をつく
それでもなんとか、顔を引きつらせ、落ち着きはらった様相で反撃を試みる。
かなり無理をしてるよーだった。

     
「さよかぁぁぁ〜〜〜、ほなら自分より頭のえーヤツがゆーーんやったら、わかるゆーんやなっ」

そう言うやいなや、後に控えたミリーをグイっと、彼女の前に押しやると。

「よっしゃ! 学年1位、このタカビーでハイソかぶれのアホ女になんかゆーーたれっ!」

「え!? え!? え!? (;‥)」

イキナリ戦場に駆り出された新兵よろしく、当然のごとく戸惑うミリー。
首だけ後に向けて、小声でモユに向かってヒソヒソと抗議の声を上げている。

「ちょ、ちょっとぉ!?」

「えーからっ、ゆえ!」

「あたし関係ないよぉっ」

「ないことないやろっ、ツレやったら援護せーーっ」

「そんなぁっ、ムチャクチャだよぉ」

「ハクジョーモンっ」

二人の問答が聞こえていないティリムであったが、ミリーの姿を視界にとどめた瞬間
その表情を一瞬だけ険しくさせたかと思うと、先程よりも明らかに迫力のある様相で声をかけてきた。

「光..明..さん」

「は、はい!?..」

突如名前を呼ばれ、素頓狂に向きなる。

「わたくしに、なにかいいたいことでもあるのかしら?」

「え、えっと、そ、その..」

しどろもどろで言葉にならない。
後ではモユが”ガツーンとゆーたれー”とか無責任なことを耳打ちしているのだが
今の彼女にはその言葉を耳に入れる余裕がない。きっちり、5秒程緊迫した時間が流れさった後。


     「お、おはよぉ〜〜、茜屋さん」

      ペコ

礼儀正しく一礼して、挨拶を告げるミリーがいた。

「はい、おはよう。光明さん」

その姿を見やって、さも関心なさ気に挨拶を返した後、その場からスタスタと足早に立ち去っていく
ティリムを見送りつつ、ミリーは一つ、安心したように小さくため息をついた。

「..ふぅ」

彼女は、茜屋 ティリム バレンシアが苦手であった。
何故かはわからないが、クラスが一緒になってから半年間、彼女とは絶対的に相性があわないのである。
確かに茜屋グループ御令嬢であるティリムの素行には、普段から気ぐらいの高い一面もあり
他のクラスメートとも反発しあうこともあったのだが、彼女に対してだけ、その威圧的な態度は
一際際立って発っせられていた。その存在は、まるで天敵と言っていい程でもある。

     「ナニしてんねんっ、アホーーーーーーー!!」

     スパーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

一心地つくミリーに背後からツッコミが入った。もちろんモユからの。
またまた、同じ様に頭を抱え込んで泣きそうな顔するミリー。

「だってぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜」

「だってやないっ、ナニ間ー抜けた挨拶かましとんねんアンターーーっ」

「そ、そんなことゆっても、最初に茜屋さんにカラんだのモユのほーだよぉ〜〜」

もっともな意見だった。元はと言えば最初にティリムに言い掛かりをつけたのはモユのほうである。
さすがに正論を唱えられ、形勢不利と悟ったモユが誤魔化す様に言う。

「ま、まー、えーやろ..」

「いーことないよぉ!」

「こまかいこと気にしなや」

「気にするよぉ!」

「..あんた、しつこいな」

     
     「どうして、モユさんは...ティリムさんと仲良くできないんですのぉ?」

今まで傍観していたベルが、不思議そうに小首を傾げて訊ねてくる。
クラスでも温厚派の彼女は、モユがどうしてそれ程までに、ティリムに対して険悪に接するのか
わからなかった。

「どーしてって...そんなもん見たらわかるやん!」

「わ、わかりませんのぉ〜〜」

困ったようにベルが言う。

「..なんて、ゆーたらえーんかな..こー、あの女見てると、理不尽にムカムカっとけーへんか?」

「..そーなんですのぉ?(汗)」

「そやでー! それに何様かしらんけど、毎朝、毎朝、デカイ車で学校きくさってっ、己の2本の足はっ
 なんの為ついてんねやっ!...って感じするやろぉ」

     「それって、たんなるヤッカミじゃ..」

ぼそりとつぶやくミリーの頭部に、ズビシ!っとモユの無言のチャップが炸裂した。

「はにゃっ」

「チャチャいれなや...」

「ヒドィよ(;_;)」

「それにな、なにかっつーと、コイツにカラミよるやろ」

”う〜”っと恨めし気な視線を向けるミリーの頭を、ポンポンと叩きながらモユが説明する。
3人の中で、一番背が低いミリーの頭は..モユによると手頃な高さにあるらしい。

「はう〜、でもそれはきっとティリムさん。ミリーさんと仲良くなりたいんだと思いますのぉ」

「んなワケあるかいっ!」

意外すぎるベル言葉の真意を、否定する様にモユが反論する。
確かに、今までの彼女の素行と態度を思い起せば”仲良く”等と言う要素は一つも見つかりそうもなかった。

「あたしも...なんか、あの人苦手なんだよね〜(へー)」

モユに頭を抑えられたミリーが、ため息まじりに疲れた様につぶやく。

「..ミリィさぁん(;^^)」

「どっちゃにしろ、コイツに敵対する以上、アイツはウチにとっても敵やでっ」

「モユ、極端すぎるよー」

「よっしゃミリっ、いっちょウチと一緒にあの女ボコにしよか?」

「....モユ..あんたって、どーしてそー思考が過激なの(汗)」

呆れる様に言うミリーの肩に腕を回し、物騒な話を持ちかけるモユの姿を見つめながら
ベルが自然と顔をほころばせる。

「..なんやベル?..なにわろてんねん?」

「エヘヘ〜、モユさんって、お友達思いですのぉ〜〜〜」

イタズラっぽくそう告げるベルに、少し照れた仕種で頬を染めたモユが慌ててムキになって言う。

「な、なにゆーてんねんっ、朝っぱらからヘンなこといーなやっ」

「エヘヘ〜〜」

「あ、あんたタマーに、恥ずかしいこと平気でいーよるからな、やっとれんで実際っ」

そう言って、その場からズンズン足早に昇降口に向かって歩き出す。
そんなモユの姿を見やっていた二人であったが、お互いに視線を合わせて”クスリ”と笑いを漏らす。

「はよいくでーー」

振り向いて急かすモユの後を、二人は笑顔で追いかけた。









          ◇          ◇









昇降口で、それぞれが自分の上履きに履き替えようと、下駄箱を開いた時にそれは起った。

     カサっ

モユの下駄箱から一通の手紙らしきものが落ちる。
なに気にそれを手にとった後、自分の下駄箱を覗き込み。

「ん〜〜っと...今日は3通か..不作やな〜〜〜」

なんてーことをのたまうモユ。
意外なことに、彼女は校内で人気があった。サッパリした性格。ルックスも口さえ開かなければ
万人がカワイイと断言する程のものである。その上スポーツ万能で面倒見のいい所もあり
男子生徒は元より、女生徒からの信頼も厚い。そんな彼女だからこそ、この手の出来事は
最早、日常茶飯事と化していた。

「えー、どれどれー、モユまた貰ったんだーー」

興味津々でミリーが覗き込んでくる。

「やかまし! あんたにいわれてもイヤミにしか聞こえへん!」

「なんで〜〜〜?」

っと、言葉を返しながら、ミリーが下駄箱を開けた途端。

     バサっ バサバサバサバサーーーーーーーっ

数十通のラブレターとおぼしき物が、雪崩の様に床に落ちる。

「.....( :..)」

     バサっ バサバサバサバサーーーーーーーっ

同じ様にベルの所からも手紙の山が落ちてくる。

「はぅ?..( :..)」

揃って顔を見合わせた後、ため息をついてうなだれる二人。

「はうう〜〜...」

「断わっても、断わっても、またくるよぉ〜〜〜」

そう言いながら、しゃがみ込んで手紙の束を拾い集めるミリー。言葉とは裏腹に丁寧にカバンの中につめる。
その様子を見ていたモユが、眉を潜めて問いかけた。

「...自慢か?」

「はにゃ?」

「自慢なんかぁーーーーーーーっ!?」

「わっ! ちょっ、お、おちついてよモユぅ!?(くるち〜〜〜)」

首を絞める様な仕種でミリーにつっかかるモユであったが、すぐに背後から抱きしめる様にすると。

「..なんであんたが、こんなモテんねん..ベルならわかるんやけど」

しみじみと言う彼女の言葉は、ある意味的をえていた。
人目を引くと言う点では、ベルのほうが遥かに目立つ存在ではある。フランス人形の様な可愛らしい顔立ち
ハーフと言う特徴から、キラキラと輝く金髪。青く透き通った瞳。物腰も穏やかで幼さを残す
その雰囲気は、確かに魅力的であった。

しかし、ミリーものほうもそれに負けない要素はあった。

「なんっや、ガキんちょみたいな顔しとるし..」

可愛らしい童顔。

「やたらと、チッコイし」

平均身長を大きく下回る148センチの身長。

「ヘンなキバはえてるし..」

チャームポイントの八重歯。

「愛想よすぎて、損してばっかしやし..」

気さくで誰にでも分け隔てなく接する優しさ。(ティリム除外)

「まー、運動はウチとタメはるぐらいできるけどな..頭えークセ能天気やし」

聡明活発で明るい。


     「うっ..うう..(TT )」

実際より悪くモユは言っているが、どちらかと言うと長所に属する部分が多かった。当然そのこと事態、
モユ自身、充分理解しているのだが、こう言う言う方が、彼女の親しみから来る友好の現れでもあった。
もっとも、毎回、毎回、真に受けてしまうミリーにとっては、落ち込みの種にしかならなかったが。

「なんで、こんなんがモテんねや? 世の中不思議でしゃーないわ」

「し、しらないよぉぉ! で、でも、そこまでいわなくてもいーじゃなぁぃ(あうう)」

落ち込むミリーを、後から抱きしめるとモユが”ぷっ”っと吹き出してから笑いをこぼす。

「あははははっ。じょーだんや、ウソに決まってるやんかぁ、そんぐらいわかりーやぁ」

「う〜〜..」

上目使いに抗議の視線。しかし、そんなミリーを見やった後、真剣な顔つきで。

「そやけど..さっきゆーたんを、えーほーに考えたら、ミリなんかみょーにカワイイなっ」

「..ナニよぉ、きゅーにぃ」

「いやいや、マジやで」

「..ホントにぃ?」

「ホンマやって」


     じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

背後から覗き込むモユに向かって、疑わし気な視線を向けていたミリーだったが、ゆっくりと頷いた後
満面の笑みでにっこり笑ってお礼を言う。


     「うん☆ ありがとモユっ」

時より見せるこの少女の最上の笑顔。
何故か後から抱きしめていたモユの腕に、自然と力が入ってくる。
からかい過ぎたお詫びに、ちょっと持ち上げて見ただけだったのだが、なにやら得たいの知れない憤りが
彼女の内に沸き上がってしまっていた。

     ぎゅぅぅぅ ...。

「ちょ、ちょっとモユ..くるしいよ」

     「くそおぅ!? カワイーーなぁっ、アンタぁっ!!!」

「へ?」

「もーえーっ! 今この場で、あんたのファーストキスもろとこっ!」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとぉ!?」

嘘か本気か冗談か、イキナリとんでもないことを言い出すモユ。
焦るミリーを他所に、背後から彼女の顎に手を添えて”んん〜〜’っと唇を寄せてくる。

「も、モユぅ! じょ、冗談やめてよねっ!!」

「..ウチは冗談ゆえへん」

怖いぐらいの真顔で言う。

「さっきとゆってること違うぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!(コラぁぁぁ)」

ドタバタとジャレ合う二人の側に、手紙の山を奇麗に拾い集めたベルが寄ってくる。

「あのぉ〜〜、そろそろ予鈴が鳴りますのぉ」

「ちょっとまってやベル。コイツに熱いベーゼをカマしてからやっ!」

やたらとアブノーな物言いで、背後からミリーに抱きつき人権無視な情熱を振りかざすモユ。
そのモユから首だけソッポ向いて必死に逃げるミリー。

「ヤだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、やめてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

ハタから見ると、異様な光景だった。
しかし、二人を見やった道行く生徒の反応は”朝から元気ね〜”とか”またジャレてんのか、おまえ等”とか
極自然に受け流されている。よっぽど普段から違和感のない光景なのだろう。

「ヨイデハナイカー、ヨイデイハーー(んん〜〜〜っ)」

「キサマぁっ、しょーきに戻れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」

「えぇーーーいっ! オトナシューーーせんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃ!!(んんん〜〜〜〜〜っ)」

「べ、ベルぅっ、タスケテぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

まるで、夜道で痴漢に襲われる女子校生さながら
必死にベルに向かって救いの手を求めるのだが、彼女の反応は期待と違って大きくズレたものだった。


     「お二人とも、とっても仲良しですのぉ〜〜〜」

とても楽しそうに、屈託なくのほほんと言う。


     くて ..。

いっきに力が抜けるミリー。

「あのね〜〜..」

やるせなさから、うなだれる様に答えるミリーであったが、彼女のその一瞬の気の緩みを
見逃さなかった者が、約一名その場にいた。


     「スキありっ」

     ム チュ ウ 〜〜

「わきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

     キーーーン コーーーン カーーーン コーーーン

すっかり人気のなくなった昇降口に、ミリーの心底イヤそ〜〜な悲鳴と予鈴の鐘が響き渡った。   













▼次のページへ▼