アンドロメダ・パッション


「暇だな・・・」

 ソファに腰掛けながら、星矢はつぶやいた。

 ここは城戸亭の居間。

 最近は争いごともなく、星矢たち聖闘士(セイント)も、のんびりとした毎日を送っていた。

「何か変わったことはないものかなー」

 暇になると口癖のように出てくる言葉を吐きながら、星矢はテーブルの上に足を置いた。

 カチャ・・・

 静かにドアが開き、瞬が入ってきた。

 なにやら顔が青ざめている。

「おー、瞬・・・。どうしたんだ。真っ青だぜ!?」

「星矢・・・僕・・・」

 腕を組みながら、瞬は星矢のところにやってくる。

 いや、腕を組んでいるというより、何か隠しているような感じだ。

「僕、女の子になっちゃった・・・」

「へっ!?」

 思わず星矢はバランスを崩して、ソファとテーブルの間に落ちた。

「何言ってんだ、瞬!?」

 立ちあがり、瞬にすごむ。

「だって、本当なんだもん・・・」

 瞬が手を下ろすと、彼(?)の胸にははっきりとしたふくらみがあった。

「あっはっは」

 引きつった笑みを浮かべる星矢。

「瞬、暇だからって、何もこんな手の込んだ冗談を──」

 ふに

 星矢は瞬の胸を触ってみた。

 ・・・本物っぽい感触である。

「って、俺は別に本物を触ったことがあるんじゃないぞ! 本物の人の肌っぽいってことだ!」

「星矢、誰に言ってるの・・・?」

 しかし、まだ星矢は信じられなかった。

 そこで、あまりやりたくはないが、瞬の股の間に手を伸ばしてみた。

「いやんっ」

 内股になる瞬。

 星矢はズザァッと後ずさった。

 ない・・・。

「何がないかなんて聞くなよ!」

「だから、誰に言ってるの・・・?」

「本当に女だ・・・。瞬、まさか、性転──」

「ネビュラチェーン!!」

 ジャラーーーンッ

「ぐあっ」

 星矢はネビュラチェーンの直撃を受ける。

 聖衣(クロス)は着ていなくとも、瞬は鎖だけは携帯しているらしい。

「するわけないだろっ! 朝起きたら、こうなってたんだ!」

「だからっていきなりネビュラチェーンでつっこむな!」

「騒々しいですね」

 城戸沙織、氷河、紫龍がそろって入ってくる。おまけに辰巳も。

「おまけとはなんだ、おまけとはっ」

「何を叫んでいるのですか、辰巳」

 沙織がたしなめる。

「いったいなにがあったんだ、星矢」

「それが・・・」

 星矢は瞬を指差す。

「僕、女の子になっちゃったんだ・・・」

「なにーーーー!?」

 沙織以外のものが驚愕の声をあげた。

 以下、星矢の時と同じやりとりが続くので省略。

 ネビュラチェーンで一撃をくらった紫龍と氷河は、ようやくこの不可思議な事実を認めた。

 一方、沙織は始終落ちついた様子である。

「さすが女神(アテナ)・・・全然動じていない」

「ということは瞬・・・」

「はい?」

「仮面をつけねばなりませんね」

 ずるっとすべる星矢たち。

「そういう問題じゃなくって!」

「ひょっとして、お嬢さんって天然・・・?」

「かもな・・・」

 星矢と紫龍が小声で言い合う。

「しっかし、前から女々しい奴だとは思っていたが、本当に女になっちまうとはなぁ」

と、辰巳。

「男がいきなり女になっちまうってこと、あるもんかな?」

 首を傾げる星矢。

「そういえば──」

と、紫龍が言いかけて、

「老師から聞いたことがある」

 先を氷河が続けた。

「けっけっ。お決まりのセリフを奪ってやった」

「盧山昇龍覇!!」

 バコーン

 吹っ飛ぶ氷河。

 どさっと部屋の隅っこに倒れる。

「へっ・・・いいパンチだぜ・・・」

「タフな奴・・・」

 呆れる星矢。

「ろ、老師から聞いたんだが・・・。幼いときは男の体でも、大人になってから女になる体質というのがあるらしい」

「それは確か・・・」

「知ってるんですか、沙織さん」

「胃潰瘍(いかいよう)」

 がくっとなる紫龍。

「違います! 半陰陽(はんいんよう)です!」

(作者註:男性から女性に変わるのはあくまで半陰陽のタイプの一つである)

「へぇ。そんなのがあるんだな。けど、信じられないな」

 星矢の言葉に、氷河、辰巳も相槌を打つ。

「極まれなことだそうだが・・・。まあ、瞬がそうだと決まったわけじゃない。俺は五老峰(ごろうほう)に行って、老師に詳しく聞いてこようと思う」「そうして、紫龍。僕このままなんていやだよ」

 泣きそうな顔で瞬が言った。

「いっそこのままでもいいんじゃねーか?」

 薄ら笑いを浮かべ、辰巳が言った。

「サンダーウェーブ!」

「ウギャアアアーッ」

 ガシャーン

 辰巳は窓を突き破り、中庭に吹っ飛んでいった。

「だから必殺技でつっこむなって」

「俺は、一輝に知らせてこようと思う」

と、氷河。

「兄さん・・・兄さんが、僕が女になったって知ったら・・・」

「『お前なんか、もう俺の弟でもなんでもない!』っていうかもな」

「やなこといわないでよ」

「後は、ちゃんと医者にも診てもらったほうがいいだろうな。グラード財団つきの医者なら、何かわかるかもしれない」

「待ってください」

と、沙織から制止の言葉がかかった。

「なんです?」

「その前にやらねばならないことがあります」

 神妙な顔つきの沙織。

「それはいったい・・・」

「お化粧して、もっと女の子らしい服に着替えましょ♪」

 沙織の顔がにぱっと明るくなる。

「へ?」

 星矢たちの目が点に。

 沙織は瞬の手を引っ張って、部屋を出ていこうとする。

 おそらく自室につれていく気だろう。

 女神(アテナ)のすることとあっては、瞬も無下に拒否はできない。

「こんな妹が欲しかったの〜」

 沙織はスキップを踏みながら、瞬を引きずっていった。

 取り残された星矢たちは・・・。

「やっぱりお嬢さんって天然だ・・・」

「お嬢さんって、俺たちより年下じゃなかったか?」

「変なとこで冷静だな、紫龍・・・」

「と、とにかく俺は五老峰に行ってくる」

「俺は、一輝を探してこよう」

 そう言って、紫龍と氷河が出ていった。

「じゃあ、俺は・・・」

 言いかけて、先が出てこない星矢。

 特に何もすることがない。

「瞬の着替えを待つだけってか?」

 情けない声で言ってから、ソファにどんと座りこんだ。

「変なことになったな・・・それにしても、瞬が元に戻らなかったら・・・」

 しばらく間が空く。

「誰も困らないか。ま、いっか」

 一人つぶやき、星矢はふうとため息をついた。

 

 中国奥地にある、盧山(ろざん)は五老峰。

 ここには、天より落ちているかと疑わせるほどの大瀑布がある。

 中国の歌人、李白もこう詩(うた)に詠んでいる。

 大瀑布 ああ大瀑布 大瀑布

「そんなは詩は詠んどらん!」

 絶妙なつっこみを入れ、紫龍はひた歩く。

「それにしても、なんでこんなことで五老峰まで来なければならんのだ・・・」

 少し納得のいかないものを感じながらも、紫龍は五老峰にたどり着いた。

 瀑布のもとに立ち、瀑布を眺める。

 数ヶ月前、彼はこの大瀑布を逆流させ、龍座(ドラゴン)の聖衣(クロス)を手に入れたのである。

 紫龍より数メートル高いところに岩が水平に隆起しているところがあり、そこに一人の老人が座っていた。

 紫龍の師、老師──天秤座(ライブラ)の童虎(どうこ)である。

「おお、久しいな紫龍よ」

 目を細め、老師は愛弟子を見た。

「老師、ご健在でなによりです」

 深深と頭を下げる紫龍。

「して、今日は何用じゃ」

「実は、信じ難いことなのですが・・・」

 紫龍は瞬が女になってしまったことを話した。

 話ながら、自分も本当に現実に起こったかとなのかと、疑わしくなった。

「ふむ、それはまた面妖な・・・」

 そう口では言いながら、さすがは老師、動揺したそぶりも、疑うそぶりも見せなかった。

「しかし紫龍よ。その程度の話なら、わざわざここに来ずともよかったのに。今は電話という便利なものがある」

「は? ですがここには電話はないではありませんか」

「あなどるでないぞ。わしもこういうものを手に入れた」

と言って、老師は携帯電話を取り出した。

「いや、しかし電波が・・・」

「ほれほれ、16和音じゃぞ。うらやましいじゃろ」

 老師は携帯の着信音を鳴らす。

「ほれほれ、うただヒカルじゃぞ」

「いえ、私はどちらかと言えばうさだヒ○ルの方が・・・そうではなくて!」

「じゃがこの圏外と言うのはどういう意味じゃ・・・?」

「老師・・・」

 肩を落とし、頭を抱える紫龍。

「ここには中継所がないため、電波が届かず・・・そ、それより! 瞬のことで何か思い当たることはないのですか!」

「なんじゃ、わしにケータイを使わせん気か。いつの間にそんなに冷たくなったんじゃ・・・」

「何を言ってるんですか! 電話のことは後でご説明しますから、今は瞬のことを!」

「なんじゃ、なんじゃ。瞬、瞬って・・・わしより瞬のことの方が大事なのか」

「そ、そういう問題じゃないでしょう!」

「あ、紫龍・・・」

 後ろで、女の子の声が聞こえた。

 振り向くと、春麗(しゅんれい)が家から出てきていた・・・。

 なぜか紫龍を見て戸惑った様子だが・・・。

「春麗・・・?」

「春麗や。お前からもこの男に一言言ってやってくれい」

「あ・・・え・・・」

 ぽっと顔を赤らめる春麗。

 彼女は頬に手を当てながら、あわてて家の中に戻っていった。

「春麗・・・!?」

「昨日のことをまだ気にしておるのか」

 ぼそっと老師が言った。

「昨日なにがあったんだ〜〜〜!!」

 いきなりわめく紫龍。

「気にするでない。それはさておき、瞬のことじゃが」

「むっちゃ気になるわーーー!!」

 怒りに総毛立つ紫龍。

「半陰陽とは限らんぞよ」

「え・・・?」

 意外な言葉に、紫龍も我に返った。

 そして、老師の話に聞き入った。

 

 星矢は部屋の中で一人、待ちぼうけをくらわされていた。

「たく、着替えにいつまでかかってんだぁ」

 そうつぶやいたとき。

 沙織が瞬をひきつれて入ってきた。

 瞬の姿を見て、星矢は目を疑った。

「お、お前瞬か!?」

 赤いワンピースを着せられて・・・いるのはまぁいいとして、化粧によって、見事に「美人」になっていた。

 思わず赤面する星矢。

──お、俺なんでこんな緊張してんだ。瞬はもとは男だぞ! い、いや今は女だからいいのか・・・。

 男、女以前に、瞬とは兄弟であることをすっかり忘れている星矢であった。

「お嬢さん、恥ずかしいよ、僕こんなの・・・」

「恥ずかしがることなんてないわ。かわいいわよ」

 にっこり笑って言う沙織。

「なんでもいいから、早く病院へ行こうぜ」

「まあ待ちなさい、星矢」

「まだ何かあるんすか?」

「この服、私のだから小さいのよ。瞬に合う服を探しに行きましょう」

「はあ?」

 星矢は拍子の抜けた声を出す。

「え? こんな格好で外に出るの!?」

「ええ。星矢も来てね」

「なんで俺が。ひょっとして荷物持ちなんかさせる気じゃ──」

「来てくれますよね」

 顔は笑顔、しかしぴりぴりと張り詰めたコスモを放ちながら沙織は言う。

「は、はいぃ・・・」

 アテナの命令に逆らえる星矢ではなかった。

 そんなわけで、星矢たちは車で買い物に行くことになった。

 沙織の行きつけという、高級ブティックの前に車を停める。

 星矢なんかには無縁の店で、彼は思いきり場違いな感じを受けた。

「俺は外で待ってるぜ」

「ええ、瞬行きますよ」

「あ、はい・・・」

 瞬がついていこうとしたとき、彼──いや、彼女の足元を、小さな動物が走り過ぎた。

「今の──」

「なんだ、ありゃ。リスじゃないか」

 身を乗り出し、走り去って行くリスを目で追う星矢。

 そんなことに気づかず、沙織は先に店の中に入っていく。

「なんでこんなところにリスが」

「危ないっ」

 突然、女の叫び声が。

 星矢が振り向いたとたん。

 ゴンッ

 走ってきた者としたたかに頭をぶつけ合った。

「いってぇ。どこ見て走ってるんだよっ!」

 星矢と正面衝突したのは、髪の長い女の子だった。

「ご、ごめんなさいっ」

 額を押さえながら謝り、女はまた駆け出す。

 どうやらさっきのリスを追いかけているらしい。

「ったく、なんだあの女は・・・」

「星矢、だいじょうぶかい」

「そこの人、避けてっ」

 今度は男の子の叫び声。

「またかっ」

 星矢は今度はぶつからないよう、右に動いて避け──。

 ドンッ

 お互い同じ方向に避けようとして、星矢はまたぶつかった。

「お前らなあっ!」

「す、すみません。急いでたんで」

 さっきの女と同い年くらいの男。端正な顔つきをしていて、瞬のように女の子っぽい男である。

 彼は、いったん走り出そうとして、ふと足を止めた。

 そして、いきおいよく瞬を振り返る。

 面食らう瞬。

「僕の顔に何か・・・?」

「変な事聞きますけど・・・最近、おかしなことなかったですか?」

「おかしなこと・・・?」

 瞬は星矢と顔を見合わせた。

 確かに、これ以上ないくらいおかしなことが起きている。

「なんでだ?」

「気に触ったらすみません。この女の人に、女性の霊がとりついてますよ。それも、かなり強い霊が」

「なんだって!?」

 信じられないようなことを、男は平然と言った。

「霊だってぇ。お前、そんなことが信じられるか」

「本当です。僕はそういうのが『見える』んですよ。ここまで強い霊となると、肉体にまで影響を及ぼしかねないです」

 星矢と瞬は再び顔を見合わせる。

──まさか・・・。

 男のいうことは信じがたいが、もし本当だとすると・・・。

「翔(かける)くん! なにやってるの!」

 先ほど走り去って行った女が、立ち止まり、男に声をかけた。

「今行くよ!」

 女に返してから、男は瞬を振りかえった。

「その女性は、何か成し遂げたいことがあってあなたに取りついたようです。思いが晴れると、あなたから離れますよ」

 そう言い残し、男はさっきの女を追いかけて行った。

 残された二人は、ぼうぜんと彼らを見送る。

「なにをしているのですか」

 沙織が店から出てくる。

「あ、お嬢さん。実は・・・」

「いいのを見つけましたよ。きっとお似合いです」

 沙織は強引に瞬を引きずっていった。

 ため息をつく星矢。

「女がとりついているって? しかし、その女のやりたいことってのはなんなんだ・・・?」

 星矢は一人頭を悩ませていた。

 

 そのころ、氷河はようやく一輝を見つけ出していた。

 彼は山の上の森を抜けたところで、何をするでもなく景色を眺めていた。

「一輝。ここにいたのか。探したぞ」

「氷河か。何の用だ」

 険しい表情をして、一輝は振り返る。

「そう恐い顔をするな」

「俺は忙しい。今からペットに餌をやらねばならんのだ」

「は? ペットってなんだ。というか、お前ペットなんか飼ってたのか」

 一輝がペットをかわいがる姿など、氷河には想像できなかった。

「この、ノンちゃんだ!」

と、一輝は手を差し出した。

 しかし、手の上には何も──。

「何もいないじゃないか」

「よく見ろ!」

 そのネーミングもどうかと思いながら、手の上をよく見てみる。

 確かに小さな虫がはねて・・・。

「ノミじゃないか」

「かわいいだろう」

「どこがだ!」

「犬にとりつき、血を吸う姿がまた・・・」

 パシッ

 氷河は無言で一輝の手を払った。

「おあっ。ノンちゃん〜!!」

「ノミにかまってる場合じゃない!! 瞬が大変なことになってるんだ!」

「なに、瞬が!?」

 最愛の弟の名を出され、さすがに一輝も真剣な表情で氷河を見た。

「瞬の身に何が・・・」

「落ちついて聞け、一輝。にわかには信じられんと思うが・・・。瞬が女になった」

 それを聞き、一輝は苦笑した。

「なにを言うかと思えば・・・。いくらあいつが女々しいからと言って、男が女になるわけがなかろう」

「俺もそう思う。だがこれは事実だ」

 真面目な顔で言う氷河。

 一輝はその目をじっと見た。

「・・・本当なのか?」

「本当だ」

 腕を組み、険しい表情になる一輝。

「それが事実なら、もはや瞬は俺の弟ではない!!」

「一輝! なんてことを!」

「妹だな」

 がくっとこける氷河。

「お前・・・ひょっとして動転してるだろう」

「ふっ・・・俺が動揺しているだと。なにをばきゃなことをいっちょる」

「喋り方が思いっきり動揺してる。いいから来い。お前もその目で確かめてみろ」

「ノンちゃんはどうする」

「知るかっ!」

 二人は山を降り、城戸の屋敷に向かった。

「一輝・・・さっきからどうして聖衣(クロス)を着ている」

 実は、一輝はずっと聖衣をつけたままなのだ。

 街中であの派手な鎧を着けていれば、目立つに決まっている。通りすがる人の注目を浴びていた。

「常に聖衣を身に着けるのは聖闘士(セイント)のたしなみだ」

「外せ」

「なぜだ」

「恥ずかしいからだ」

「誰が」

「俺がだ」

「俺は恥ずかしくないぞ」

「お前は良くても俺は嫌だ」

「なぜだ」

「オーロラ・エクスキューション!!」

 カチコーン

 氷柱と化す一輝。

 すぐに炎で溶かしてしまったが・・・。

「冗談の解さんやつだ」

 立ちあがり、一輝は悪態ついた。

「いいから早く来い!」

 氷河にせかされ、一輝はしぶしぶ歩き出した。

 

 星矢たちが帰ってくると、ちょうど紫龍も戻ってきたところだった。

「おお、紫龍。帰っていたのか」

と、両手一杯に荷物を抱えて、星矢が言った。

「ああ・・・。なんだ、その荷物は」

「説明するのもバカらしい・・・」

 もちろん、瞬のための服やらカバンやらである。

「紫龍、どうだった。老師から何か聞けた?」

 目の前に立った瞬を見て、紫龍は思わず頬を赤らめた。

「お、お前・・・瞬か!?」

 声が上ずっている。

「そんなことより! 老師は何て言ってたの!?」

「あ、ああ・・・。半陰陽とは限らないと・・・」

 そこへ、氷河もやってきた。

「し、瞬!?」

 氷河も声が上ずる。

「ところで俺はいつまでこれを持っていればいいんだ」

 荷物を持ったままの星矢。

「あ、とりあえず私の部屋に運んでください」

と、沙織。

 星矢は沙織の後に続いて、屋敷に入っていこうとする。

「おい、一輝は?」

 すれ違いざま、氷河に尋ねた。

「もう来る」

「え!? 兄さん!?」

 戸惑う瞬。

 こんな姿を兄に見せたくない。

 瞬はそう思った。

 だが次の瞬間、誰かが心の中で「一輝に会いたい」と叫んだ。

──!?

「瞬はどこだ」

 そう言って、一輝が現れた。

 そして、瞬と向かい合う。

 疑いようもなく女になってしまった瞬を見て、一輝は言葉を失った。

「無理もない・・・」

 沈んだ声でつぶやく氷河。

 一方、瞬は潤んだ瞳で一輝を見つめていた。

 そして、その口から漏れた言葉は。

「一輝・・・」

「えっ!?」と、星矢たちは振り返った。

 瞬は一輝のことを「兄さん」としか呼ばない。それが呼びつけとは・・・。

 それに、今の声、瞬の物ではなかった。

 女になっても声はそれほど変わっていなかったのだが。

 今のは明らかに、別人の・・・それも女の声だ。

「エスメ・・・ラルダ・・・・」

 のどの奥から絞り出すような声を一輝は出した。

「一輝!」

 瞬は大粒の涙をこぼし、一輝の胸に飛び込んだ。

「本当にエスメラルダなのか・・・」

「一輝・・・会いたかった・・・」

 ひしと抱き合う二人。

 取り残された星矢たちは、状況が今一つ読み取れない。

「エスメラルダと言えば・・・確か」

「一輝がデスクィーン島で出会った少女・・・亡くなったと聞いたが」

「そう言えば、瞬に似ていたとか言っていたな・・・」

 瞬──いや、エスメラルダは、少し離れて一輝の全身を愛しげに眺めた。

「聖闘士になれたのね、一輝。わたしが想像していたとおり・・・不死鳥座(フェニックス)の聖衣、よく似合っているわ・・・」

「君のおかげだ、エスメラルダ・・・」

 二人のお互いを思う、あたたかいコスモが、星矢たちにもひしひしと伝わってきた。

 星矢は、街でであった男の言っていたことを思い出した。

「一輝に会いたくて・・・自分に似た瞬に宿ったんだな・・・」

 死してなお、一輝を思うエスメラルダの心に、星矢たちは涙を禁じえなかった。

「ごめんなさい一輝・・・。もう時間がないの」

「エスメラルダ・・・」

 せめてもう一度と、二人は強く抱きしめ合った。

「さようなら、一輝・・・」

 瞬の体から、白いオーラが浮かび上がった。

 それは名残惜しそうに一輝の周りを漂っていたが、やがて日の沈みかけた空に舞いあがり、消えた。

「エスメラルダ・・・」

 一輝は、エスメラルダの消えた空を、いつまでも見つめていた。

 そして、瞬は男に戻った。

 

 こうして、騒動は幕を閉じた・・・というわけでもなかった。

「瞬、次はこれ着て〜!」

「僕はもう男に戻ったんだってばー!」

 ドレスを着せようとする沙織から、逃げ惑う瞬。

「変な癖覚えちまったな、お嬢さん・・・」

 ソファでコーヒーをすすりながら、氷河が言った。

「紫龍はなにをやってんだ?」

 まんじゅうをほおばりながら、星矢は部屋の隅でうずくまる紫龍を見る。

「さぁ・・・」

「いいな、一輝は・・・。ああ、春麗・・・」

 ぶつぶつとつぶやき、紫龍は壁に「の」の字をいくつも書いていた。

 

 その頃、五老峰では。

 相変わらず大滝の前に座する老師。

 家から出てきた春麗が、少し怒った様子で声をかける。

「老師! これからは、着替えているときは着替えていると言って下さいね!」

「うむ、すまなんだのう・・・」

──男の裸を見て恥ずかしがるとは・・・純な娘じゃ。紫龍にはお似合いじゃの。

 目を細める老師。

──紫龍にはいらぬ誤解を生ませたようじゃ・・・が。

「瞬さん、もとに戻ったそうですよ」

「ほう」

 春麗は、事のあらましを老師に話してから、家に戻っていった。

「ホホッ。エスメラルダの一輝を思う一念が、奇跡を起こしたか・・・」

 にこやかにほほ笑み、空に輝く星々を眺めた。

「平和じゃのう・・・。平和が一番じゃ・・・」

 落ちて降りそうなほどの、綺麗な星空であった。

 大滝の音に耳を傾けながら、老師はしばらく星空に見入っていた。

 

終わり