seashell




   序章 〜 記 憶 〜


 少女は目覚めた。
 目に映る全てが叶うはずもない夢へとリンクしていた。
 緑いっぱいの草原を歩き出す。
 この星だけに奇跡は起きたのだ。

 創造主は言った。

 「成人するまでは見た夢が現実となる」


 だが、おまえの子孫が二人となる時、その力は・・・
 本人の意志に関係なく、
 夢から作り出される全てがあらぬ方向へ暴走するだろう。

 何代目だっただろうか、双子が生まれた。

 最初は夢の力が安定しているかのようだったが、双子の少女が
 お互い15歳になった時、その力に変調が出始めた。

 正常な力を得る為には、どちらかが犠牲にならなければならない。

 そして、双子の妹である少女が自ら海に身を投げ命を絶ったのである。
 何億年もの間、宇宙に一つだけ残された命ある星を救う為に。



   第2章 〜 運 命 〜


 西暦1999年7月5日
 眩しい日差しが降り注ぐ午後の時間帯。
 初夏の浜辺には水遊びをする人たちがあちらこちらに見える。
 涼しい潮風が吹き抜けていく。

 これあげるからもう帰ろう。
 ついさっき拾った白い貝を手に持って高く上げた。

 「えっ? もう時間になったの?」


 波打ち際で遊んでいた少女が不満そうに振り返る。


 「あと30分ぐらいはきっと大丈夫だよ、自分で歩けるから」

 1時間という約束だったのに・・・ま、初めてだからしょうがないかな。
 おっとダメだ、帰らないと先生に叱られる。

 後でもう一度内緒で連れてきてやるからと再び少女を促す。

 「本当? 本当にいいの? じゃあ帰る」

 なんとか納得してくれたみたいだ。 
 というか、どうしても納得させないといけなかった。
 長い間潮風に充たっていると体に毒なのだ。
 少なくともその少女に限ってではあるが。

 少女の名前は砂緒里という。
 家が離れていて学校も違うけど、小さい頃から同じ病院に通っていたことと
 主治医の先生が同じということもあって兄妹のように仲が良かった。

 同じ病院に通っていたというのは同じ病気だったから。
 僕の方はたいしたことはなく完治したが、砂緒里はもう・・・。

 残念ですがお嬢さんの命は、もったとしてもあと半年足らずです。

 病院から砂緒里の両親へ連絡があったのが1月末頃だそうだ。
 僕がこのことを知ったのは1ヶ月前に砂緒里が入院した時で、
 10年以上も二人仲良く病院へ来ていたのを知っている主治医の
 本条先生の意向によるものだと砂緒里の両親は言っていた。
 後日、本条先生本人からもよろしく頼むと言われている。

 しかし、だ。
 僕がそばに居ようが居まいが近い将来、砂緒里が死ぬことには何ら変わりはない。 
 少しでも永くという砂緒里の両親の期待もあるのだろうが。

 とにかく、このことを話せないのは心苦しい、そして何よりも
 楽しそうに微笑んでいる砂緒里を見ると胸が痛くてたまらくなる。

 「どうしたの?」

 あっ、ごめん・・・考え事してた。

 「明弘、最近なんか変だよ」


 砂緒里が心配そうに見つめている。

 なんでもないよ。
 ほらもう帰ろう、本条先生が心配してるぞ。

 と言って、頭にポンと軽く手を乗せた。
 きゃっ!?と咄嗟に目を瞑った少女の面持ちは、後少しで生涯を閉じるとは
 思えない程、輝きに満ち溢れている。

 多分、砂緒里は気がついているのかもしれない。
 あと少しで自分自身の命が消えるということを・・・。
 いや、僕が弱気になってどうするんだ。
 そう自分に言い聞かせた。

 「ねぇ、さっき持ってた貝くれるんでしょ?」

 えっ? ああ、そうだったな。

 ポケットに入っている貝を取り出して手のひらにのせてやる。

 「きれい・・・」


 見た目は白い貝だが、太陽の光に翳すと蒼く透き通るような色をしている。


 「ありがとう、ずっと宝物にするから」


 砂緒里はその貝をすごく気に入った様子だった。

 病院に帰りついたのは午後3時過ぎ。
 本条先生にお目玉をくらったのは言うまでもない。
 砂緒里の顔色がいつもより良かったので一安心だが、病室へ戻るやいなや、

 「夕方がいいなあ、約束したよね明弘」

 内緒でもう一度だけ海に連れていってやるってこと忘れてなかったのか。
 この場は適当に答えておくことにしよう。

 夕方迎えに来るけど砂緒里が寝ていたら知らないぞ。
 さっきの約束の有効期限は今日一日だけだと貝も言ってることだしなあ。

 「ずっる〜い! そんなこと言って、またごまかす気でしょ!」

 ご名答。

 「先生に言いつけてや・・・あっ!」

 もちろん、このことは本条先生には言えないよな。

 「うそつきっ!」

 またごまかす気っていう言葉が少し気になったが
 砂緒里の言うことなど聞こえないふりをしながら
 今日はもう寝ておくんだぞ。
 と言って病室のドアを静かに閉めた。

 「もう一度だけ海に行きたい」

 本当に内緒で夕方の海へ連れていってやるつもりだった。
 この時点では、砂緒里の容態が急変するとは全く予想できなかった。
 至急、病院へ来て欲しい。
 砂緒里の両親から電話があったのは自宅に帰ってから数時間後だった。



   第3章 〜 時を超えて 〜


 病院の待合室。
 砂緒里が集中治療室に入って間もなく、 本条先生は悲しそうな顔をして言った。

 今までいろいろとありがとう。

 僕はすぐにその意味が理解出来た。
 砂緒里はもう逝ってしまう・・・と。

 長椅子に座っている砂緒里の両親は俯いたままだった。

 椅子の横にあるゴミ箱の中には砂緒里が持っていたはずのお守りが
 捨てられてあった。

 神様なんていない・・・。
 一瞬、そうつぶやいたように思えた。

 砂緒里はまだ死んだわけじゃない。
 だから、今出来ることを最後まであきらめないでやるだけだ。

 僕は目を閉じて祈り続けた。
 誰でもいい、砂緒里の想いを叶えて欲しい。
 もう一度だけ海へ。

 クリアブルーが広がっている。
 蒼い空間だけが存在している。
 あとは何もない世界。
 砂・・緒・里・・・、砂・緒里・・・。

 「???」

 砂緒里、もうすぐ消えるよ。
 急がないと間に合わないよ。

 「誰?」

 私? 私は未憂。

 気がつくと白くやさしい光が目の前にある。

 「夢・・・?」

 ちょっと違うよ。
 ここはね、心の深層の部分だよ。

 砂緒里に呼びかけた少女が答える。
 その姿は羽毛のように白く輝く水に包まれている。

 心の中の深層。
 少女はそう言っている。
 何故、未憂という少女がここに居るのかなんてことは
 砂緒里には考えている余裕などない。

 「未憂ちゃん・・・って言ったよね」

 そうだよ。

 「消えるって私のこと?」

 ううん、2人ともだよ。

 砂緒里はともかくとして、2人が消えるっていうのは
 意味が良くわからない。

 「ねぇ、どうしてあなたが消えるの?」

 砂緒里がもう一度尋ねる。
 正確には現実の世界から消えてしまうということ
 要するに死んでしまうという意味である。

 夢の力がもう続かないんだよ。
 だから、砂緒里は最後の翼なんだよ。
 やっと見つけた最後の・・・。

 「ねぇ、聞かせてくれる? あなたのこと」

 うん、いいよ・・・。
 悲しそうな表情を隠しながら未憂は話始めた。


 夢の力を持つ双子の妹だったこと。
 姉の力を正常に戻す為に海へ身を投げたこと。
 そして、死ぬ前に貝になりたいと願ったことを。

 記憶の半分がなくなってしまってはいるが、
 何千年もの間、貝の姿のまま意識をもち続けることが 出来たのは、
 少女の持つ夢の力と生きていたいと願う
強い想いに他ならなかったのである。

 「それじゃあ、今、私の住んでる星は・・・」

 夢の力で救われ続けてきたということもあるが
 未憂の存在自体もいまいち信じられない。
 砂緒里は半信半疑のままである。
 けれど、未だに夢からさめる様子はなく、 貝の少女はそこにたたずんでいる。

 夢だと思ってるならそれでいいんだよ。
 残された時間はもうわずかしかないから
 砂緒里の願いを全部私に伝えて。
 本当は2人とも助かるかどうかは分からない。
 でも、やってみるよ。
 現実の世界で祈ってる砂緒里の一番大切な人のために、
 ほんのわずかな間だけど私を大切にしてくれた砂緒里のために。

 「えっ?」

 未憂は最後まで現実の世界を大切に想っていた。

 砂緒里が媒体になれば自分も助かると言ったのは
 夢の力を信じてくれるならという意味だった。

 「未憂ちゃんって、まさか!?」

 強く願って、今、自分がどうしたいのかを。

 白く輝く水の泡に包まれる砂緒里。
 未憂と心の世界がリンクする。

 きっと大丈夫だよ・・・。



   終章 〜 再 生 〜


 集中治療室に入って36時間。
 砂緒里が治療を終えたのは7月7日だった。

 本条先生の言うことも聞かず、寝ないでずっと待合室で 祈っていた僕は、
 砂緒里が一命を取り止めたと聞いたとたん、
その場に倒れてしまったらしい。
 病室へお見舞いに行った時には夕方近くになっていた。

 「まったく、心配させていたのはどっちなの」

 お互いさまのような気がするけどな。

 砂緒里は死に直面しそうになったにもかかわらず、 いつも通りに話している。

 本条先生が言うには、体内にあった毒素が全て消え去り、

 身体の各器官もほぼ正常。
 今後、砂緒里が死に至ることはないとのことだった。
 ただ、その驚くべき回復の原因が未だに不明らしいが。

 「ん? 何?」

 いや、なんでもない。
 何にしても砂緒里が元気になってくれて良かった。
 約束はもう一度海へ連れて行く・・・だったな。

 「もう夕方だね、海へ行きたい」

 おい、僕が考えていることを先に言うな。
 海になら何時でも行けるだろうが。
 でも、まあ、いいかな。

 夕方の海岸。
 僕と砂緒里は病室を抜け出して砂浜にいた。
 もちろん、先生には内緒で。

 「約束、守ってくれたね」

 元気になったからな。

 「くす、違うよ」

 うん?

 「誰にも内緒だからね」

 白い貝を見つめながら砂緒里は、
 集中治療室に入っていた時に見た夢の中の出来事を話してくれた。

 「きっと未憂ちゃんが助けてくれたんだと思う」

 そうだね。

 僕は砂緒里の言うことを少しも疑わずに聞いていた。
 初めて海に行って砂緒里に拾ってあげた白い貝。
 治療室に入っても砂緒里が絶対手から離すことが なかった白い貝。

 神様はいなかったけど女神様はいたということか。

 「でもね、未憂ちゃんがどうなったのかわからないの」

 砂緒里が夢の中で最後に願った事。
 それは自分自身が助かりたいということではなく
 未憂を助けて欲しい、ただそれだけ。
 
 きっと未憂ちゃんも生きているさ。
 砂緒里の心のどこかで・・・そして、この白い貝の中でも。

 「うん!」

 今まで気付かなかったが、貝の片方が再生している。
 拾ったときは貝殻の蓋が一つしかなかったのに。

 砂緒里は白い貝を胸に当てるようにして両手で握り締めた。

 砂・・緒・里、砂・緒里。
 砂緒里、良かったね。

 「うん!!」

 微笑むような眼差しでもう一度強くうなずく。
 その声が聞こえたのかどうかは定かではないが
 この現実から未憂は消えてはいない。
 砂緒里は夕日を眺めながら少なからずそう感じた。

 未憂は全ての記憶を取り戻していた。 

 「病気で死ぬのは寿命だから・・・だから、私はいいの」
 「未憂ちゃんを助けて!」

 砂緒里が心の深層で最後に願った結果であった。
 薄れていく夢の力を振り絞るのに必死だった未憂は、
 まさか砂緒里が自分を助けて欲しいと願うとは 思ってもいなかった。

 砂緒里の強い想いと共に夢の力が完全となった未憂は
 砂緒里が息を引き取る寸前、体内にある毒素を取り除き、
 自分の魂の一部を分け与えたのである。
 
 現実の世界を創っているはずの姉の子孫の力が弱くなってる?
 取り戻した記憶にない出来事が過去に存在してる?
 砂緒里に魂の一部を分け与えた為に身体の再生が出来ず
 貝のままではあったが、現実の世界に戻った未憂が一番に
 感じ取った危惧であった。
 同時に砂緒里の潜在意識の力も感じ取っていた。

 未憂を救った強い想いの欠片。

 自らが望んだ自己犠牲の心がここまで強いなんて
 砂緒里、あなたはいったい?
 
 その数ヶ月後、未憂と砂緒里のコンビが人類滅亡の原因を除去し、
 2000年問題を最小限に抑えてくれる存在になろうとは、
 明弘にはまったく想像できないことであった。
 もちろん私たちにも同じことが言えるが・・・。

 「もう病院に戻らないと叱られるよ」

 そうだな。

 「ねぇ、途中まで追いかけっこしない?」

 おいおい、明日からリハビリなんだぞ。

 止める寸前、砂緒里はぎこちない足取りで走り出す。
 しょうがないなあと思いながら明弘がその後を追う。

 水平線に沈む夕日が翔け出した小さな白羽の影を映している。
 そして、それを支える2枚の光翼もまた、
 白羽のすぐ側で潮騒に揺られながら浮かんでいた。

 自らが持つ強い想いで翼を広げ、
 運命の輪の外へ羽ばたいた夢翼たちの物語が 今始まろうとしていた。


 FIN.


 お約束(?)のあとがきです。 最後まで読んで下さった皆様、どうもありがとうございました(^^)
 このSSは去年の12月までに完成する予定でしたが、完成間近になってデータが壊れたりなどのトラブル等で
 かなり延びてしまいました(;_;)以前書いたストーリーを思い出しながら書きなおしたんです。
 去年から今年にかけてUPした「seashell1〜3」の詩と同時に執筆していたので一緒に読んで頂ければ幸いです。
 砂緒里と未憂が登場する長編小説(一応、主人公の中の2人です)の「Dream Flake」は現在執筆中です。
 ある程度完成すれば公開したいとは思っていますが・・・・・でも、いつになることやら(^^;;; 


       (1999.8.14〜)2000.7.7  by ひろ☆き