いのちの語り手登録バンク

いのちの語り手・登録バンクのこころみ

 未熟な私ですが、2001年5月より、(いのちの語り手・登録バンク)という小さな試みをさせていただいています。

(語り手)として登録くださっているのは、私と同じように子どもを亡くした方たちで、
「生きぬいた子どものいのちが、誰かの役にたつのなら本当にうれしい」
「必要とされるなら、つらい時間を共に支えあって生きた親と子の体験を、話させて
いただこう」。
そう考える方たちです。

かけがえのない(いのち)や(親子)を考えるひとつのきっかけとして、語り手をお捜しの方がいらっしゃいましたら、お知らせ下さい。
お近くの(語り手)の方へおつなぎいたします。

小さな出会いの場を提供させていただければ、光栄です。   2006年5月

登録メンバーのご紹介


  • 埼玉県・柳戸民子さん(もと小学校教師)
    娘が旅立ってから2年経ちました。子どもを亡くしても親は生きていけるのだろうかと思った時期もありました。
    けれど、たくさんの人との出会いが私に元気をくれました。娘が一番行きたがったのが学校だったこと、危篤の状態でも家に帰りたがったこと、そして今私が親の会の代表をしていることなどを通して、人との関わりの中で生きることの意味を伝えていきたいと思っています。

  • 兵庫県・長尾直子さん(もと小学校教師)
    10歳の娘を悪性奇形種で亡くしました。娘は小2から小5までの闘病、ターミナルの期間中にたくさんの絵と工作品を残しました。
    一周忌を迎えた7月、通っていた小学校で命のメッセージを伝える会を開きました。
    まだ始めたばかりですが、 <すずらんギャラリー 命を見つめる展覧会>を主宰しています。母親としての気持ちを詠んだ短歌も額にしてもらって一緒に展示しています。これが私のライフワークかなと、最近思い始めています。

  • 和歌山県・佐藤律子(書き手)
    二男拓也は小児ガンのため、16歳で人生を卒業していきました。数えきれないほどたくさんの学びと、私への宿題を残して。
    どういうわけか、医科大学や看護学校からのご依頼をいただくことが多いですが、いつも二男と一緒にいのちの語り手をさせて頂いている気がします。
    私にできることは多くはないけれど、二男のことだけでなく、交流のある患者さん、医療者の方、ご遺族の声を伝え続けるパイプ役でありたいと願っています。

  • 神奈川県・遠山 美代子さん(MWJボランティア)
    この春、高校入学式を終えて彼は旅立ってしまいました。サッカーが好きで背が高く、ちょっとハンサムな息子でした。友達が多くていつも笑っていました。発病して、1年足らずでした。彼の私達に残してくれたメッセージは「いのち、友達」でした。学校が大好きだったので、今も親友が、写真になった息子を連れていってくれます。私は、まだ泣く日もありますが、難病と闘う親子のお手伝いをしたいとおもいます。

  • 大阪府・豊島  隆さん(みなさんの応援団)
    娘が天使になりやがて1年になります。
    私は今早朝に20キロほどのランニングを行っています。趣味や健康のためだけでなく、走るしんどさで娘の苦しみが少しでも分かるのでは・・・という思いもあるのです。こんな生き方しかできない私ですが、娘に教えられた「感謝する大切さ」を胸に、みなさんと一緒に「生きる」ということについて考えていければと思っています。  

  • 愛知県 鈴木中人・淳子さん(いのちをバトンタッチする会 代表)
    娘は、モルヒネを飲みながらベッドで宿題をしました。一人で車イスを押して小学校に行きました。そして、小学校1年生の時、「お嫁さん」の白いドレスを着て、たった一人で天国に逝きました。神経芽細胞種。3年間の闘病でした。
    一生懸命に生き抜いて、たくさんの「いのちの輝き」を遺してくれました。拙いこと・普通のことしかできませんが「いのちの輝き」を「バトンタッチ」できればと想います。
    http://www.hm7.aitai.ne.jp/~inochi-b/

  • 福岡県・高松真理子さん(中学校美術教師)
    娘が亡くなったのは、3歳の時です。脳腫瘍でした。10年前に なりますが、その時のことは今もあざやかに覚えています。
    そして 5年前、今度は私自身が脳梗塞で倒れました。後遺症でマヒが残り、左手が不自由で左足が動かしづらい状態です。言葉も超早口では なくなりました。それでも中学校の教師に復帰して2年がたちました。
    娘のことをお話するのは、正直に言っていまでも勇気と覚悟が いります。けれども私の障害のことは、ゆとりをもって明るさも見つけて話せるようになりました。(あきらめもありますけれども。) どちらも筆舌に尽くしがたい程のつらさでしたが、やはり娘のことの方が、気も狂わんばかり、自分が壊れそうになる程のつらさでした。
    今、選択の授業を使って「病院に絵を贈ろう」という取り組みをしています。絵を贈ろうとしている病院は、私が月に一度診察に行っている国立病院です。一石二鳥ですね。♪
    生きようとしてもどうしても生きられなかった子どもがいること。どんなにつらい時間があっても試行錯誤してなんとか生きている大人がいることを知って、子どもたちが何かを感じてくれたらと思います。

  • 千葉県 尾崎まり子さん(出版コーディネーター)
    最愛の息子を亡くして3年になります。15歳8ヶ月でした。短い生涯でしたが、精一杯生きた彼の生き様から、生きる勇気、生きる希望、そして生き抜く意味を見つけたように思います。
    息子を失った悲しみは例えようもありませんが、息子が教えてくれた生命の尊さや感謝の気持ちを一人でも多くの方に伝えたくて、彼の15年間の足跡「無限の力」の本を完成させました。遺作である本文の“友情”の一文「私にとって友情とは、信頼でき、助け合っていくのが友情だと思う。そして心が通い合うことがもっとも大切なことだと思う・・・」を同世代の子どもたちに知ってもらい、友情の幅を広げるお手伝いができれば幸せです。
    心で生き続ける息子と共に、生きる意味を伝えていければと願っています。

    ★以下のHPで、ご著書「無限の力」の表紙がご覧になれます。
    http://www.la-cafe.com/mugen/

  • 鳥取県 森木康恵さん(看護師)
    健吾が逝って5年の時間が流れました。急性リンパ性白血病でした。6歳の小学校入学目前の時に・・・。
    大切な宝物をなくした私ですが、いま不思議と生きる希望が体中からあふれています。健吾が私のこれからの人生に目標と夢を残してくれましたから。健吾の頑張りと強さと勇気を、多くの方に伝えることで私はいつも健吾と一緒にいられる気がします。悲しい思いはきっと永遠に続きますが、笑顔がとても可愛かったあの子が空から見守ってくれている。それだけを支えに前を向いて歩いていこうと思います。

  • 大阪府 坂下裕子さん(病児遺族の会「小さないのち」代表)
    平成10年に、長女あゆみ(1歳)をインフルエンザ脳症で亡くしました。その後、お子さんを亡された方とたくさん出会い、ご遺族となられたお母さんの言葉や生きる姿を、自らの体験と合わせて教室で語る取組みを始めていたところ、平成15年にこんどはガンの告知。手術や闘病を通して、生きるってどういうことなのか?さらに深く考えることとなりました。
    私自身が考えている途上ですし、いのちという「教える」ことのできないテーマを携えて教室を訪ねますので、結論をつけない語りの姿勢を大切に考えています。
    http://www.chiisanainochi.org/contents2/voice5/20041230_1.html

  • 鹿児島県 原口健二郎・葉子 さん(元教員と主婦)
    平成9年2月、 私たちは高校3年生だった娘明子を骨肉腫という病気で失いました。明るさが取り柄の元気いっぱいの明子でした。マンガを描くのが上手く冗談が好きで家族をよく笑わせていました。
    「まわりの人たちにできるだけ優しくしてほしい。いやなことが少しあったら、あとでいいことがたくさんあると思う。自分をなぐさめて強く生きて欲しいのです。」 小学校6年の時に埋めたタイムカプセルの中から見つかった「20才の自分」へ向けての明子のメッセージです。
    自らの言葉のとおり健気に病気と向き合いました。右足膝上切断という現実にも耐え懸命に生きようとした明子でした。娘の無念の想いを同世代の人たちに伝えることも、娘から託された務めかなと思いここ数年依頼に応じて体験談を語りつつあるところです。

  • 新潟県 原美恵子さん(主婦) 
    平成10年3月 中学一年生の娘 亜衣子を骨肉腫で亡くしました。小学校5年生で発病し、半年後に右足を失いながらも、小学校の文集に、自分が病気になってみて、障害をもつ人の役に立ちたいという夢を持ったと書いてありました。車イスでも出来ること。手話通訳者でした。そんな娘の意志を大切にしたいと思い、形は違っても、私は私のできることを見つけなければと励まされた思いがしました。がんの子供を守る会の、子を亡くした親の会(あおぞらの会)のお手伝いをさせていただいています。

  • 神奈川県・岩瀬絵利子さん(ごく普通の主婦)
    6年前の4月、娘を18トリソミーのため亡くしました。たった12日間の命。きっと自分がこの世に生まれてきた事もわからないまま苦しんで苦しんで旅立った娘・・・両親を早くに亡くし、もうしばらくは身近な人の死に、悲しむことはないと思っていたのに。突然のつらい宣告でした。今も、娘が生きた意味を探し続けています。こんな私ですが、少しでも誰かの役にたてたらと思っています。

  • 兵庫県・高井千珠さん(人と防災未来センター語り部)
    阪神大震災で、双子の一人である息子(当時1歳6ヶ月)を亡くしました。たくさんの方と出会い、そして支えていただいたことで子供たちのために生きていこうと、考えられるようになりました。当時1歳半だった娘も、成長すると共に色んなことを理解し表現するようになりました。
    娘への思いと、兄弟を亡くした子供の心のケアの必要性を伝えるために「ゆうへ〜生きていてくれてありがとう」という本を出版しました。
    わずか、1歳半で亡くなった息子ですが、たくさんのことを、私たち家族に教えてくれました。その中の一つは、生きていてくれた娘に感謝できる気持ちです。「生きていることに感謝できる」――そんな思いを伝えられたと思います。

  • 茨城県・山口文子さん(もと養護教諭)
    健吾は視覚に障害をもち、発達にも遅れがあって、言葉を話すことができませんでした。けれど、とても人なつこい、活動的な子どもでした。健吾は養護学校1年生の1月、急性脳症で突然私たちの手から離れて行ってしまいました。
    あれから間もなく6年。つらく寂しい日々は今も変わりませんが、最近やっと前向きに生きていこうと思えるようになってきました。健吾から私たち家族は、多くのことを学びました。それが何か、上手く言葉にすることはむつかしいのですが、健吾と共に過ごした時間のありのままを語り継ぐことはできるのではないかなと思っています。いのちの大切さを私なりに、伝えていくことができたらいいなと願っています。

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