メールマガジンにみるいのちの授業

●草の気持 9―――○(丸)の話 (兵庫医科大学の学生さんの感想から) 佐藤律子

 日刊・小学校教師用ニュースマガジン    NO 1003 
2002年11月07日(木) 編集・発行 蔵満逸司 読者7307人

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草の気持 9―――○(丸)の話 (兵庫医科大学の学生さんの感想から)

                          佐藤律子

 

 8月の終わりにカーラジオで岸田今日子さんの「○の話」を知った。夏休み
の宿題に関する話題が続いていて、そのなかのひとつとして、彼女の真っ白な
絵日記がとりあげられたのだ。それによると、女優の岸田さんは小学生のころ
宿題の定番である絵日記を新品のまま、一枚も書かずに提出したことがあると
いう。普通は親に手伝ってもらったり、全部は無理でも二、三枚、あやふやな
記憶を頼りに書いたり、とにかくそれなりに体裁を整えようと悪あがきをする
ところだろうが、岸田さんは正真正銘、真っ白のまま提出した。
 やがて、絵日記は先生のチェックを受けて岸田さんの手元に戻ってきた。大
きなペケがついているだろうとドキドキしながら絵日記を開いたとき、目に飛
び込んできたのは鮮やかな朱色の○。それも1ページ、1ページ、すべてのペ
ージに丁寧な○が並んでいた。最後のページに、
「今日子ちゃんは、絵日記を書けないほど、毎日が楽しかったんだね」
というお褒め?の言葉までついていた。岸田さんはいっぺんに先生が好きにな
ったという。

 やがて何十年もたち、岸田さんも年をとり、先生もずいぶんな高齢になった
ころ、同窓会の通知が届いた。先生に会いたくて岸田さんは出かけていった。
 先生はすっかり背中が曲がり、ちんまくなっていた。
 岸田さんが尋ねた。
「先生、うんと昔、私が夏休みの絵日記を白紙で提出したこと、そして先生が
たくさんの○をくださったことを覚えていらっしゃいますか?」
 先生は頷いた。
「覚えていますとも」
 教師人生は長く、ずいぶんたくさんの生徒を受け持った。けれど、絵日記を
白紙で提出したのは後にも先にもあなた一人だった、と先生は言った。
「あなたが○だと思ったのはね、今日子ちゃん実は○ではなくて0(ゼロ)。
 零点(れいてん)だったのよ」
「・・・だけど先生は最後にほめてくださったわ」
「あれは先生のためいきだったの・・・」

 百歩ゆずって先生の気持ちはそうだったとしよう。岸田さんの勘違いだった
のだ。けれど何十年もたってそれを口にしたのは、岸田さんにとって、小学生
のころ、
「○をもらった」
「受け止めてもらえた」
 記憶が、どれほど大切なものだったかということを物語っている。
 白紙の絵日記を提出することを、岸田さんも「しまったなぁ」と感じていた
のだ。
 それでも夢中になって遊びすぎたのか、あまりにも真っ白な絵日記に途方に
くれたのか、ともかく、
「ごめんなさい・・・」という気持と一緒に 提出した絵日記だったに違いな
い。
 それだけに○をもらえたうれしさ、心細い想いをもそのまんま受け止めても
らえたという喜びは岸田さんの宝物になったのだろう。
 その気持ちを先生が酌むことができたならーーー。
「そう、あのときはびっくりしたけれど、先生は今日子ちゃんの天真爛漫さに
 ○をあげたの。いい役者さんになって本当によかった。これからも応援して
 いるよ」
 真実の代わりに、思いやりをもってそう答えたかもしれない。

ーーーー番組はそんな語り手の感想で終わった。

 ボリュームをあげて聞き惚れていた私は、ほっとため息をついてラジオを切
った。

 その日は朝から考えあぐねていることがあった。私は五年前、小児ガンで次
男を亡くしたおりに、悲しみを分かち合う当事者の会に参加したことがある。
そのとき、専門家の立場から私たちをボランティアでサポートくださった兵庫
医科大学・医療福祉部の宮崎清恵先生から、9月になったら、同大学の学生さ
んたちに、患者や家族の立場で話をしてほしいと頼まれていた。
 学生さんたちが将来、医師として現場に立つ前に、患者や家族の声に耳をか
たむける機会をもってほしいと願ってのことだった。
 医学知識など皆無な私だが、体験談の出版やインターネットを通じて、多く
の当事者やご家族との交流があるので、そういった方たちの声を届けるパイプ
役になれるかもしれないと思い、お引き受けすることにした。
 とはいえ、医学生の方だけを対象に話をするのは今回が初めてだった。限ら
れた時間内で、少しでも効率よく当事者や家族の思いを伝えるためには、今ま
でと違った話の展開、組み立てが必要だという気がしていた。その切り口をど
うするかが当面の課題だった。
 車を走らせながら、私はいつしか岸田さんの話と自分の課題を並べて考えて
いた。
 そして,「患者にとっての○、家族にとっての○の話」をしてみようと思っ
た。

 9月24日当日。
 医科大学で私が話したことは、医師の目線やちょっとした言葉が、どれほど
患者や家族を力づけるか。逆に傷を与えるかということに尽きると思う。
 闘病中、閉ざされていた次男のこころを開いたのは、多くの医師たちのうち
彼の目線にまで下りてきてくれた医師ただ一人であったことや、次男がうつむ
いている間もじっと見守ってくれた医師の眼差しが、彼のこころを育てたと思
われること。
 私自身でいえば、彼の死後、最期を看取ってくれた当直医の、
「お子さんは七十年分は十分に生きました」
という、死んでいった我が子への肯定的な言葉が大きな○として感じられたこ
と。
 また関連して、「種まく子供たち」のHPへ投稿された方たちの声も取り上
げた。
 死産した若い女性に向かって医師が投げかけた言葉。
「お産の練習をしたと思えばいいだろう」
「あれほどの障害をもっていたのだ。死んだ方が幸せだった」
などの否定的な言葉(たぶん、医師は慰めとしてかけた言葉だろうが)は、ち
いさな命に光を見せてやれなかったことへの悲しみと罪悪感でいっぱいの女性
にとっては、○ではなく、トドメの0点宣告に等しかったこと。

 闘病中の家族に対して、さりげなく夫や妻の立場をフォローする一言を投げ
かけたり、兄弟がいる場合は、
「一度、ご兄弟にも、お姉ちゃんがこんなに辛い治療をがんばっていることを
 見せてあげるといいかもしれませんね。そうでないと、お姉ちゃんは、お父
 さん、お母さんを独り占めしていいな、と誤解してしまうかもしれませんか
 らね」
 など、病気の子どもしか見えなくなっている両親へ、客観的な視点を取り戻
すアドバイザーとしての役割についても話をさせていただいた。
 今後、学生さんたちは膨大な医学知識の習得だけでも、どれほど大変だろう
かと思う。それだけに、こうした患者側からの提案を、新たな重荷(仕事が増
える)として認識されると辛いが、患者や家族のいちばん近くにいて、しかも
尊敬と信頼を担う医師だからこそできる、医師にしかできない大切な仕事だと
受けとめてもらいたかった。
 そして何よりも、患者や家族にとって心ならずも白紙の絵日記を提出してし
まったとき、0点ではなく、○をくれる医師の存在がどれほど大きいかを伝え
たかった。
 当日教室にいた学生さんのうち、将来、医療現場で○の話を思い出してくれ
る方はいるのだろうか。せめて一人は現場で役立ててくれれば本当に嬉しいと
思った。

 後日、宮崎先生を通じて信じられないほど多くの感想が届けられた。真摯に
受け止めてくれた学生さんたちに深く感謝したい。

以下は感想の一部。 

★は女子学生。■は男子学生。
***********************************

★患者さんにもその家族の方にも、○のサインを伝えられる医師になろうと思
いました。大切な人を亡くしたり、生きていくうえで辛い思いや悲しい気持を
抱えて苦しんでいる人を少しでも癒せる言葉、術をもった人になりたいです。

★医療関係者がどんな言葉をかけるのかによってとても変わってくるのだなと
思った。ある産婦人科では、死産の場合でも記念として(死産の子を抱いて)
家族で写真撮影をすると聞いたことがある。そうやって肯定していくことが大
切なのだと思った。

■医学生の一年生の立場からすると、これから医者になるための勉強がとても
大変です。でも学術的なことばかりでなく、心の勉強も行って患者さんの患部
ばかりでなくヒトとしてみられるように、これから頑張りたいです。

★最近読んだ「犠牲」という本のなかで、脳死の息子の臓器提供を苦悩の末に
作者「父親」が決意する場面がある。「息子が医療に役立つ手助けを、医師に
はたしてもらいたい」と言った父親は、医療従事者の暖かい態度に救われてい
た。医師は一番患者とその家族に近づける第三者であり、慰めることもその重
要な役割であると思う。

★今、小児ボランティアをしています。その中で苦しんでいる子供たちを理解
していくことに悩んだりします。今日の話を聞いて、私自身の目線から理解を
求めるのではなく、子どもの目線から子どものなかにはいっていかねばと思い
ました。

■この狭いスペースでは書ききれないほどの感銘を受けました。患者さんの心
のケアはもちろんだったけど、患者さんの家族の心のケア、そして家族同士の
関係をうまくすすめるのも 医師のつとめだと思った。ありがとうございまし
た。

■大学に入ってから、医学の勉強には想像以上な勉強量を強いられ、それを乗
り越えなければならない。しかし、こういう一言の暖かみの大切さを忘れがち
になってしまう。それを忘れないでこれから勉強に励みたい。

■医師と患者の間で壁ができてしまうと、患者は心を開かない。特に子供なら
なおさらである。しかし医師の言葉一つでその壁を壊すことはできる。治療を
するというのは、メスや薬を使うだけではない。言葉が必要であるということ
が感じられた。

■○と零点という大きな違いがその人の捉え方で人生においてプラスに働いて
いったり、医師の患者にかける言葉が患者にとって大きな存在であるという一
つ一つの言葉の大切さが分かったような気がしました。

★「自分の仕事は治って同じような病気をもつ子どもたちに希望を与えること
だ」と佐藤さんのお子さんが言った言葉がいちばん心に残った。医者はこのよ
うな子どもの患者さんと向き合って同じ立場で、コミュニケーションをとって
いかなければならないと思った。

★医師が最も子どもを理解しなければいけないのに、現状ではそのことができ
ないでいる。これから医師として働いていくにあたって、まず子どもでも大人
でもその人の人生の意義について確認していかねばと思った。

■子どもを亡くした親の悲しみがどれほど大きなものか、まだ子どもをもった
ことのない私には分からないが、今日の話を聞いてその一端を知ることができ
たと思う。どんなに短い人生でも人の人生を肯定することができる。そんな言
葉が無力感に満ちた子どもを亡くした親たちをどんなに元気づけるかを心の奥
底で感じた。

★子どもだからではなく、一人の人間として、一人一人の患者さんに対しその
後の人生にとって有意義な生をおくってもらえるようにサポートできる医師に
なりたいと思います。

★白紙の絵日記を小学校の先生が受容したことと、拓也君の人生を肯定するよ
うな言葉を医者がかけたことはとても似ているということ、またどちらもささ
いではあるが、本人にとって大きなものであると話されたことを聞き、とても
印象に残りました。今後役立てます。

■このような機会はめったいになく、体験談をリアルに聞くことができてとて
も勉強になった。

■医師は病気を診るのではなく、患者ひとりひとりを人として尊重して、人そ
のものを見るということなのだろう。医師に求められているものの大きさに、
改めて気づかされた。

★人生に○をつけてあげるような言葉をかけてあげてほしい、という言葉が印
象に残った。実際にご家族を亡くされた方の声を聞くという貴重な経験をさせ
ていただきました。
これを今後に役立てたいと思います。

■16歳で死を迎えるという事実は本人にとっても、親にとっても辛いことだ
ったと思います。そんなときに、医者が何をできるか、それは医者とは関わり
のない個性によるものではなく、れっきとした医者の役割だということを認識
しました。この大学生活6年を通して、対人関係によってそういうことを習得
していきたいと思います。

■これから自分が医学の知識以外にも十分に身につけていきたいものとして、
人の心が分かるとはいかないでも、できるだけ多くの人の話をきき、これから
自分が医者になり、接する人の気持ちが少しでも分かり、自分の気持ちを言葉
にできるようになりたいと思った。

■医者にもいろいろなタイプがあるけど、やはり、患者に対して親身になって
関わっていく人が良い医者だと思った。

★将来、小児科医を志す私にとって、たいへん心に響く話でした。設備や環境
がよい病院ではなく、同じ視線で見てくれた医師にだけ心を開いた拓也君のお
話は特にすばらしかったです。
止まっていた噴水に水を流せるような医師に私もぜひ、なりたいです。

■小児ガンで苦しむ子どものこと、その苦しみを見て苦しむ親のこと、子ども
の死後に苦しむ親のことを聞いたが、医者の立場から聞いている自分がいて、
どういった立場で自分がどういう行動をとればいいのかということを考える上
で非常に勉強になった。

★医者は患者さんや家族にとって大事な時間を共有しているんだとあらためて
感じた。将来、医者になったとき、○を与えてあげるようになりたいです。

■人の言葉とは、大きなものだということがよくわかった。人の考えを肯定し
たり、見捨てなかったり、応援したり、理解したり、相手と同じ高さで聞くこ
とはたいへん難しいことだけど、医師としては重要なことだと思った。

■一番びっくりしたのは、子どもの死を忘れるということが親にとってはかな
りの苦しみだということだ。これから先、こんなことにぶつかるときもあるだ
ろうから、そういうことを心に留めて、患者さんの遺族に接していきたい。

★夏休みの宿題の絵日記の例で、私たちに分かりやすく患者さんとそのご家族
のこころのケアを説いてくださって、とてもためになったと思います。ありが
とうございます。

■医学生の卵として今日の話はとても勉強になりました。医者というのはとも
すれば傲慢になりがちで、いかに患者さんの側にたつということが重要である
かということを知らされました。

□関連ホームページ□
 
HP種まく子どもたち
http://www.cypress.ne.jp/donguri/Top.html 

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■メッセージ■

□教師と子どもと,心が通い合う関係になれるかどうかが何より大切だと思っ
ています。心が通い合うなかになれなければ,いくら発問を工夫しても教具を
準備しても空回りに終わると思うのです。心が通い合うためには,教師は,子
どもの幸福を願うあたたかく大きな心を持つだけではなく,相手の子どもにそ
の気持ちをしっかりと伝えて受け入れられることが必要です。このことは,容
易ではありません。教師と子どもたちの持つさまざまな条件によって,何が良
い結果に結びつくかが変わるからです。こうすれば絶対にうまくいくというわ
けでもないのです。例えある子どもとの間ではそれが成功しても,他の子ども
にはそっぽを向かれるということもよくあることです。私は長期休業中には宿
題を出しませんが,もし絵日記を出したとして,岸田さんのように白紙のまま
提出する子どもがいるとしたらどうするのだろうと考えました。まず問うでし
ょう。なぜと,岸田さんは何と答えるのでしょうか。その答えを聞いてみたい
と思いました。

□学生たちの心に佐藤さんのメッセージはしっかり届いているようですね。感
想文を書いてもらうことはとても大切なことだと思いました。いつか私も直接
お話を聞けたらなあ・・・。
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■2002年度学年別メーリングリスト(1・2・3・5・6年)■ 
http://member.nifty.ne.jp/KURAMITU/mlmlml.htm   11月末募集終了



http://www.cypress.ne.jp/donguri/Top.html
よもぎリーフ:http://www.cypress.ne.jp/donguri/yomogi_s/index_top.html